第3章:噂と再会
王都の北側に位置する、一流の調剤師や貴族御用達の商人が集う「白銀通り」。
その一角にある高級薬草店『緑の揺り籠』の店主は、目の前の机に並べられた十株の薬草を見て、震える手で眼鏡をかけ直した。
「……信じられん。これは、本当に癒し草なのか?」
店主の問いに、アレンが穏やかに頷く。清掃員時代の薄汚れた格好ではない。適度に整えられた髪と、小綺麗な服はどこから見ても成功した若手商人のそれだった。
「品質に問題がありますか?」
「逆の意味で大問題ですよ……! この葉脈。金色の光を放っている。これは魔力が限界まで凝縮されている証拠だ。伝説に聞く『世界樹の麓』に生える特級品でも、これほどの色艶は出せませんよ」
店主が興奮気味に声を上げていると、店の奥から一人の老紳士が姿を現した。
その胸元には、国家ギルド庁が認めた「特級鑑定士」の徽章が輝いている。都市の薬草流通を牛耳る商業ギルド会長、ゼウスその人だった。
「ほう。どれ、私にも見せてみたまえ」
ゼウスは薬草を一目見るなり、目を剥いた。
彼は無言で一株を手に取り、その香りを深く吸い込む。
「素晴らしい……。ただの癒し草が、大地の恵みと濃密な魔力を受けて、進化を遂げている。君、名前は?」
「……アレンと申します」
「アレン君か。この薬草、言い値で買い取ろう。いや、ぜひ我がギルドの専売契約を結んでほしい。これだけのものを安定して供給できる場所があるなら、歴史が動くぞ」
アレンは丁寧に応じつつも、核心については口を閉ざした。
まさか王都のゴミが流れ着く「ゴミ溜め」で、スライムが排泄物を分解して作った肥料から育てたとは、誰も想像できないだろう。
この日を境に、市場には一つの噂が駆け巡った。
――「アレン」という名の謎の青年が、世界樹を凌駕する最高級の薬草を市場に持ち込んでいる。彼はどこか未発見の聖域を所有しているのではないか、と。
その噂は、かつてアレンを嘲笑った男の耳にも届いていた。
商業ギルドの不動産部門担当、ボラン。
彼は自邸の豪奢なサロンで、高級ワインを煽りながら、部下が持ってきた報告書に目を通していた。
「……間違いないのか? 市場を騒がせているあの薬草商が、あのアレンだというのは」
「はっ。本人の人相も一致しております。最近では高級な馬車を乗り回し、一流の宿を常宿にしているとか」
ボランは不快そうに顔を歪めた。
路地裏で野垂れ死ぬはずだった男が、自分を差し置いて時代の寵児になろうとしている。その事実が、ボランの狭量な自尊心を激しく逆なでした。
「あいつに売りつけたのは、肥溜めだったはずだ。それなのに、なぜ……。待てよ」
ボランの卑しい目が、ギラリと光った。
部下に命じて調べさせた現地の報告には、「夜な夜なダンジョンの入り口から虹色の光が漏れている」という記述があった。
「そうか。あのクソ掃除屋め、運良く隠し鉱脈でも見つけやがったな。オリハルコンか、いや、それ以上の宝か。クソッ! 幻影魔法で俺が偽装したあの場所に、本物の『お宝』が眠っていたというわけか!」
ボランは手元のグラスを床に叩きつけた。
「あんなゴミ掃除屋に、聖域の主など務まるはずがない。……宝を奪い返す。幸い、あいつは法に疎い馬鹿だ」
ボランはすぐにギルドの執務室へ籠もり、禁じ手を使おうと画策した。
彼が取り出したのは、アレンとの間で結んだ魔法契約書の写しだ。
「契約は絶対……。だが、管理義務を怠ったとなれば話は別だ」
ボランは羽根ペンを走らせ、契約書の余白に新たな偽造条項を書き加えた。
さらに彼は、私兵ギルドのリーダーを呼び出した。
金で動く無慈悲な傭兵たちだ。
「いいか。アレンという男が、不法に国の資源を隠匿している疑いがある。抵抗するようなら、力ずくで排除して構わん」
ボランは醜い笑みを浮かべ、窓の外を見つめた。
その視線の先には、アレンが心血を注いで「都」へと変えたダンジョンがある。
「アレン。お前の幸運もここまでだ。ゴミ掃除屋は、大人しく泥水を啜っていればいいんだよ」
強欲に支配されたボランの計画はアレンの平穏な生活を脅かそうとしていた。
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