第2章:ゴミを黄金に変える錬金術
鼻を突く悪臭の中、アレンは迷宮の最深部、巨大な空洞にいた。
「この配管の曲線、それから壁面の魔導回路。ただの天然洞窟じゃない。ここは……人為的に作られた場所だ」
アレンは腰まで汚泥に浸かりながら、詰まりの原因となっている巨大な廃棄物の塊をモップの柄で突き崩した。その時、泥の山が「ぷるん」と不自然な動きを見せた。
「……?
泥の中から這い出してきたのは、アレンの頭ほどの大きさのスライムだった。
通常のスライムは濁った緑色や青色をしているものだ。この個体は違った。泥を拭ってやると、透き通った体の中に、七色に輝く虹色の核が浮かんでいる。
「ミィ……、みゅぃ……」
スライムは力なく震えていた。核の輝きは今にも消えそうで、過剰な汚泥に飲み込まれて窒息しかけている。
アレンは迷わず手を差し出し、その小さな体を掬い上げた。
「大丈夫だ。今、綺麗にしてやるからな」
カバンから取り出した清浄水――アレン特性の清掃用の魔法水を優しくかける。汚れが落ちると、スライムの体は朝露のように澄み渡り、内側から柔らかな光を放ち始めた。
元気を取り戻したのか、スライムはアレンの両手の上で「ぷにっ」と跳ねた。
「みゅ! みゅい!」
それは懐くようにアレンの指にまとわりついてくる。感触は高級な絹のゼリーのように滑らかで、驚くほど温かい。
アレンが『選別眼』を展開と、驚愕のログが脳裏を埋め尽くした。
【対象:変異スライム(古代モンスター・希少種)】
【状態:極めて良好。現在、獣魔契約可能。個体の真名「ラム」】
【機能:有機廃棄物の超高純度分解、および魔力触媒の精製】
「……古代モンスター? まさか」
アレンは周囲の壁を改めて鑑定した。
そこには、商業ギルドの鑑定士が見逃した真の名称が刻まれていた。
『古代資源再生プラント・セフィロト』。
ここはゴミ捨て場ではない。失われた超古代の至宝だったのだ。
「お前は、ずっとここで一人で頑張っていたんだな、ラム」
「みゅっ!」
ラムは嬉しそうに形をハート型に変え、アレンの頬にすり寄ってきた。そのあまりの可愛らしさに、アレンの口元からも自然と笑みがこぼれた。
アレンの「再建」は、まず徹底的な掃除から始まった。
ラムという相棒を得たことで、作業効率は劇的に跳ね上がった。
「よし、ラム。右側の排水ラインに溜まった有機物を食べてくれ。左側は俺が掻き出す」
「みゅいっ!」
ラムが汚泥の中に飛び込むと、見る間に泥が吸い込まれ、その体が虹色に輝くする。
アレンは長年の勘で、プラントのメインパイプを塞いでいた「ゴミの栓」を引き抜いた。
ゴボリ、と巨大な音が響き、淀んでいた泥水が勢いよく流れ出す。
循環が始まった。
ラムの体内を通った廃棄物は、瞬時に分解され、洞窟の土壌へと排出されていく。
数時間後。
洞窟内を支配していた腐敗臭は、完全に消失した。
代わりに漂ってきたのは、雨上がりの森のような、どこまでも清々しい大地の香りだった。
「……すごいぞ、ラム。これが、お前が作った成果だ」
足元に広がっていた汚泥は、今やしっとりと湿った漆黒の土へと変わっている。
それはただの土ではない。伝説に語られる聖域の土さえ凌駕する魔力含有量を持つ『マナ堆肥』。
アレンはカバンの中にあった、枯れかけていた薬草――癒し草の苗を、試しにその土へ植えてみた。
その瞬間、奇跡が起きた。
茶色く変色していた葉が、瞬時に鮮やかなエメラルドグリーンへと染まり、見る間に茎を伸ばす。一分も経たないうちに、薬草は最高級の証である「金色の葉脈」を葉に浮かべ、芳醇な魔力を放ち始めた。
【対象:世界樹の癒し草(変異種)】
【品質:S(伝説級)】
【市場価値:金貨十枚以上】
「一株で……金貨十枚だと?」
信じられない額だ。
ラムが「どうだ!」と言わんばかりに、アレンの膝に乗って誇らしげに胸(?)を張った。アレンはその柔らかな体を抱き上げ、心ゆくまで撫で回した。
「すごいぞー、ラム。お前は最高だ!」
「みゅ〜ん♪」
ラムはとろけるような声を出し、アレンの腕の中で幸せそうに体を平べったく伸ばした。
環境が整えば、次は生活基盤だ。
アレンは管理室を特定し、そこを住居として整えることにした。
ラムが廃棄物を分解する際に発生する膨大な熱エネルギー。アレンはそれをプラントの休眠回路に流し込み「古代の生活支援システム」を起動させた。
壁に埋め込まれた魔導ランプが、昼間のような柔らかな光で室内を照らし、配管から澄み切った水が溢れ出た。
古代の給湯器を通って、熱々の温水へと変わる。
「あぁ……十五年ぶりだな。こんなに綺麗な湯に入れるのは」
アレンは脱衣所で服を脱ぎ、大理石の浴槽を満たす湯に身を沈めた。
体の芯まで温かさが染み渡り、長年の重労働で凝り固まっていた筋肉が解けていく。指先に染み付いていた汚れも、プラントの浄化作用によって綺麗さっぱり消えていく。
管理室の奥には、ふかふかの寝台も用意した。
ラムが「一緒に寝る!」と言わんばかりに枕元に陣取っている。
「ラム、お前のおかげで、ここが世界で一番の場所になったよ」
「みゅ、みゅ……」
ラムは眠たそうに瞳を閉じ、スゥスゥと呼吸を刻み始めた。
アレンは清潔なシーツの感触に包まれ、これまでの人生になかった深い安堵感を覚える。
金貨五百枚を失った時は、人生が終わったと思った。
だが出会えた。この素晴らしい相棒と、可能性に満ちた自分だけの城に。
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