お姉さまの憂鬱

「モナお姉さま?」


 僕が城に来てひと月ほどが過ぎた。


 僕には手が無いので、姫様の側仕えとしての役割は無い。ただ、姫様の愛玩動物として話し相手になることだけが、僕のお役目だと思っている。


 姫様は僕のことを大切に扱ってくれる。僕が姫様のことを『モナお姉さま』と呼ぶのにもわけがある。僕が教えられた通り『モナ姫』『モナ王女殿下』と呼んでいたところ、『敬称はいりません!あなたに私を『モナ』と呼び捨てることを許します!』とか言い出すものだから、執事から『殿下、それはなりません!断じてなりません!』と強めの物言いが入り、『それでは今日から私のことをお姉さまとお呼びなさい!』と、まるで明後日あさってのことを言い出して、執事も呼び捨てよりは良いだろうと、妥協したようです。


 ほんとにいいの?


「はあ⋯⋯」


 あ、そうです。今はそれどころではありません。朝からお姉さまがため息ばかりつくのです。


「どしたのです、モナお姉さま?」

「ハル、聞いてくれるかしら?」

「お姉さまがこんなに落ち込まれるだなんて、他の何をおいても聞かないわけにはまいりません!」

「あはっ! もうっ、ハルったら大げさね!」

「いいえ! 僕は大まじめですよ!? お姉さまの一大事は僕の天変地異みたいなものですから!」

「もう、悩んでいるのがバカらしくなってくるわね? うふふ♪」


 お姉さまが悩まれるだなんて、僕にしてみれば本当に一大事なのです。なぜならば僕の世界はお姉さまの部屋がそのほとんどなのですから。部屋を出たとしても城の構内のみ。一事が大事なのです。


「それで、どうなされたのです?」


 はあ、ともう一息つくと、お姉さまは窓の外、遠くを見られた。


「アイツが来るの」

「アイツ⋯⋯ですか?」

「そう。私の許嫁、ブタペスト帝国の第一王子、イノマルス・ブタペスト王子殿下。彼が私に会いに来ると言うのです」

「許嫁に会うのに、ため息が出るものなのですか?」


 お姉さまが周囲を見回す。少し落ち着かない様子だ。そして、唇に人さし指を立てた。


「これは二人だけの秘密よ? ハル、いーい?」

「はい」

「私、アイツが苦手なのよ! 顔がいいかどうかなんてどーだっていいわ? あのだらしなく崩れた体型と、臭い息! そして気色の悪い笑い方と、上擦った声! なによりあのパッツン前髪!!」


 どんな王子だ!? そしてパッツン前髪はお姉さま、生理的にダメな感じ? 気をつけなくっちゃ!!


「アレが第一王子だなんて、信じられる!? まだ第二王子の方がマシなのよ? 女に興味がない変態なだけで!」

「主様の許嫁にこんな事を言っては不敬だと思いますが、兄弟揃ってとんでもないですね!?」

「王族って一見華やかで、庶民から見れば羨ましがられる存在だけれど、蓋を開けてみれば結婚する相手も選べない窮屈なものよ?」


 これが十二歳の女の子、しかも王族たる姫様のクチから出たセリフだと言うのだから、僕(九歳)から見たモナお姉さまの世界もさほど大きくないのかも知れない。


 コンコン!


「はい」

「貴女のイノマルス・ブタペストが参りました!」


 さっそく来たようです。


「⋯⋯はぃ。ぉはぃりくださぃ⋯⋯」


 げっ、と明らか嫌な顔をするお姉さま。声も心なしか小さくなる。


 バン、と扉をいかにも下品に勢いよく開けて入って来た、イノマルス王子殿下。


「嗚呼! 我が麗しのモナミュール王女殿下!! どうしてボクに会いに来てくれないのさ!? ボクは君がいなくて狂い死にしそうになったよ!? どうしてくれるんだい!?」

「あら殿下、いっそ死んでくれれば宜しかったのに!」

「ぐはっ!!」

「おほほほほ! 殿下もお口が臭い、あら違った、お人が悪いんですからっ!」

「んなはははは! めんごめんご!」


 うん、明らかモナお姉さまから殺意を感じます。握りしめられた拳がワナワナと震えて、怒りの遣り場を探しているように思えます。


「さあ姫! 子作りの練習をしようではぬぁいか! 既に人払いは済ませておるぞ! 僕は仕事が早いのだ! さあさっ!」


 そう言って上着を脱ぎ始めた王子殿下。

 お姉さまは僕の後ろに隠れた。


「ん? 何であるか、その鳥人間は!?」

「私の弟分のハルですわ! 殿下、身内の前でお恥ずかしい真似はお辞めください!」


 王子が僕を一瞥する。


「弟分? 隷属の首輪をしているではないくぁっ!」


 僕に近づき、脂肪でブクブク膨れた『手』が伸びる。怖い、と思う間もなく、グイッと首輪を引っ張って僕の首を締めた。


「うっ⋯⋯く、くるしい⋯⋯」

「ほほう? 鳥のくせに一丁前に喋るではないか。生意気だぬぁっ!?」


 いっそう強く締めつける『手』


 パン!


 その『手』を払い除けた、お姉さまの『手』。後ろにいたお姉さまが僕と王子の間に入り込んだ。


「私の弟からうす汚い手をどけなさい!!」

「ぼ、ぼぼっ、ぶぉきゅに手をあげたなあああああ!? ゆるすぁなぬぁいっ!!」


 パッツンの髪の毛を静電気に引っ張られるように逆立てて、パンパンに膨れた肩と首のすき間を無くし、怒りの形相を見せる王子。


 いけないっ!




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