ボクのご主人様

 暗い。


 布を通して外の明るさは窺えるが、やはり暗いものは暗い。


 僕は意匠の凝らした細工が美しい、人が入るほどの大きな鳥かごのようなものに囲われていた。それをまるっと覆い隠すほどの布を被せられて、どこかの部屋へ放置されている。何やら綺羅びやかな服を着せられて、少し窮屈だ。


 聴こえた話によると、今日は姫様の誕生日らしい。この部屋ではないどこかの会場でパーティーが催されているようだ。


 姫様ってどんな人なんだろう? 優しい人なら⋯⋯いいのになあ? 怖いと⋯⋯嫌だなあ?


 怖いのは、もう嫌だ。僕の両親も、奴隷商も、みんな怖い人ばかりだった。言うことを聞かなければ叩かれるし、食事をとりあげられたり、狭くて暗い部屋に閉じ込められたり、羽根を引っこ抜かれたりもした。

 人間は怖い。人間の『手』は、僕を虐めるためにある。だから僕は、『手』が嫌いだ。


 ガチャリ、扉の開く音。


「わあ!? 大きな包み!!」

「はい。姫様への誕生日プレゼントにございます」

「開けてもい〜い!?」

「もちろんですとも!」


 シュルルル、と紐が解けるような音がして、上部の方からハラリと布が四方に落ちた。


 ひとりの少女と目が合った。


「世にも珍しい、オスのハルピュイアの幼体にございます」


 立派な口ひげの紳士が、これ見よがしに僕を紹介した。


「かわいい!!」


 このお方が姫様だろうか。ゴールドピンクの豪奢な長い髪。ラリマーブルーのきれいな瞳。クリスタルを鳴らしたような透き通る声。

 前のめりに両手を握りしめ、目を大きく見開いてキラキラとかがやかせ、薄紅色の頬を大きく持ち上げている。


「ねえ君、ちっちゃいね!? 名前は? 名前はなんて言うの?」


 僕は教えられた通りの言葉を、一言一句漏らさず口にした。


「僕には名前がありません。姫様の意のままにお呼びくださいませ」

「本当に!? いいわ、少し待ってね!?」


 そう言うと姫様は腕組みをして眉間にシワを寄せた。とても表情豊かで元気そうな姫様です。


「ハルピュイアだからあなたの名前は『ハル』よ! いいかしら、ハル!?」

「ありがたき、しあわせ」


 側近の男が箱を持って来て、姫様の前で開けた。


「隷属契約の首輪にございます。どうぞ、姫自らお着けになってください」

「わかったわ! ハル、こちらへ!」

「は、はい。姫様」


 わ、わっ!? 姫様近いっ!?


 姫様の細い腕が僕の首に回されて、甘い花のような香りがふわっと香る。大きな瞳を縁取る長いまつげはまるで花弁ようで、瞬くたびに花が咲いたよう。

 それでも僕は、姫様の『手』に、一瞬体がこわばり、目をつむってしまう。でも僕は、頑張って、うっすらと目を開けた。

 僕の視線に気づいた姫様は、にっこりと笑うと。


「さあ、これであなたは私のものよ!」


 と言って、また『手』が伸びた。


 僕は叩かれると思い、目を瞑って、首をすくめた。条件反射だった。

 やっぱり怖い! 人間の手、怖い!

 自然と体がふるえる。脚までカクカクしてしまって、まっすぐ立てなくなってしまう。また、怒られる!?

 うっすら目を開けると、姫様は首をかしげて、不思議そうに僕を見ていた。


「あなた、私が怖いの? 私はあなたを傷つけないわ?」

「⋯⋯いえ、姫様、ちがうんです⋯⋯僕、人の手が怖いだけで、けっして、姫様を怖がっているわけでは⋯⋯」

「そう。私にはわからないけれど、過去につらいことがあったのね? ⋯⋯かわいそうに」


 そう言って、姫様は出した手を引っ込めた。少し残念そうに、眉尻を落とした姫様。僕はちくりと胸に刺さるものを感じながらも、頑張って笑顔をつくるようにした。だけど不安になって、作った笑顔も崩れてしまう。


「ひ、姫様! 僕を嫌いにならないでください!」

「私があなたを嫌いに? どうしてそんなことを言うの?」

「だって姫様、僕を見てガッカリされたのではないかと⋯⋯違うのですか?」

「うふふ。心配しなくていいわ? でもね? 私の前では笑ってくれるかしら? 私、あなたの笑っている顔が好きだわ?」


 姫様がゆっくりと『手』を前に出した。


 僕はそれを見て、おもむろに前へ踏み出すと、彼女の『手』に身をゆだね。


 怖がるな、僕!


 と、自ら言い聞かせた。

 だいじょうぶ? うん、姫様なら、きっと大丈夫。


 姫様は僕の頬を両手で包んで持ち上げて⋯⋯ふにふに、と、やさしく揉み始めた。なんで?


「あなたのほっぺた、モッチモチね!!」

ひえはわひめさまおたわうえおおたわむれを!」

「あはは! あなた、かわいいわねっ! 私の名前はモナよ! これから、よろしくね?」


 自然と笑みが生まれる。生まれて初めて心が躍る、そんな気持ちを感じた。


ふぁいはい! もあひえモナひめ!」


 星が瞬くように、綺羅びやかな微笑みをこぼす姫様。僕はいつのまにか、この姫様なら身も心も奴隷になってもいい、なんてことを考えていた。





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