第4話 歴史改変! 滑舌(かつぜつ)の悲劇と音声入力の奇跡


​ ポォン ♪


​ 無機質な電子音と共に、スマートフォンの画面下部に赤いマイクのアイコンが浮かび上がった。

 音声入力モード、起動。


​「ふっ……待たせたな。ここからは私の独壇場だ」


​ 私は口元を歪め、ニヒルに笑った。

 私は自分の声に自信がある。脳内で再生される私の声は、大河ドラマのナレーターのように渋く、重厚だ。最新のAIならば、私の一言一句を正確に拾い上げるだろう。

​ 両手の指で、さくらとサファイアの急所を高速で揉みほぐし続けながら、私は丹田に力を込めた。


​「いくぞ……! 光秀よ! 是非もなし!!」


​ 私は朗々と叫んだ……つもりだった。


 実際には、猫の毛を吸い込まないように口をすぼめ、興奮で早口になった私の滑舌かつぜつは、壊れたラジオのように濁っていた。


​「(みひゅひでよぉ! じぇひもにゃしぃ!)」


​ 一瞬のラグの後、AIが導き出した答えが画面に表示される。



​『ミッシュ冷えよ! ジェリーも無し!』



​「ちがーうッ!!」


​ 私は絶叫した。

 なんだその貧乏くさいデザート事情は!

謀反の動機が「ゼリーがなかったから」になってしまうではないか!


​「おい月影。貴様、口にチャックがついているのか? 何を言っているかサッパリだホッ」


​ スマホの上で、トリさんが憐れむような目で私を見ている。


​「だ、黙れ! AIの学習不足だ! 次だ、次!」


​  私は気を取り直して物語を進める。

 だが、右手のさくらが喉を鳴らし、左手のサファイアが甘い吐息を漏らすせいで、私の集中力は限界ギリギリだ。


​「蘭丸! 槍を持て! 敵は本能寺にあり!」


​ 私は必死に発音した。

 だが、私の舌は「ら行」と「た行」の連続に敗北した。


​「(だんまるぅ! やりをもてぇ! てきはほんよじにぁい!)」


​  AIは冷酷に、聞こえたままを文字にする。



​『弾丸! 野暮天! デッキは本予時に愛!』



​「何の話だぁぁぁ!!」


​  戦国時代が一瞬にしてカードゲームのアニメになってしまった。

 しかも「デッキは本予時(定刻)に来る」みたいな、妙に律儀な誤変換が腹立たしい。


​「……んあぁっ、そこ、いい……もっと……」


​ その時、左手のサファイアが快楽に耐えきれず、艶っぽい声を漏らした。

 それにつられ、右手のさくらも「んー、んー」と喉を鳴らす。

 高性能マイクは、私の濁った滑舌よりも、猫たちのクリアな声を優先して拾い始めた。


​「くっ、雑音が! 人間五十年! 下天の内をくらぶれば!」


​ 私は修正しようと叫ぶ。


 「(にんいぇんごじゅーにぇん! げてんのうちをくらぶれヴぁ!)」



​『人間50円! 下点の牛をクラブレバー!』



​「誰が50円だ! 安すぎるだろ! あと『クラブレバー』ってなんだ! 美味しそうじゃないか!」


​ 画面の中の信長は、人間を安売りし、焼肉屋でレバーを注文していた。

 重厚な歴史小説は、もはや見る影もない。


​「おい月影、もう諦めろホッ。お前の滑舌は絶望的だ……なんだホッ」


「まだだ! まだ終わらんよ!」


​ 残り時間は五分。


 私は、執筆の整合性を捨てた。


 滑舌が悪いなら、パッションでねじ伏せるしかない。


​「あつもり敦盛を舞う! ……ああっ、サファイア、爪を立てるな! 痛い! でもイイ!」


「夢幻の如くなり! ……さくら、そこは股間だ! 踏むな! やめろ、いややめるな!」


​ 私の絶叫と、猫たちの喘ぎ声。


 部屋の中はカオスとエクスタシーの坩堝るつぼと化した。


​ AIは、その全てを統合し、一つの「答え」を出力した。



​『熱盛りあつもり! 舞う! 爪を立てるな痛いイイ! 無限のゴリラなり! 股間を踏むな! やめろ、いやメロン!』



​「ゴリラが出てきちゃったよ!!」


​ 信長がゴリラ化し、股間を踏まれながらフルーツ(メロン)を要求している。


 前衛的すぎる。アバンギャルドの極みだ。


​「……ほう。既存の歴史観を破壊し、新たな『信長像(ゴリラ)』を打ち立てるとは。貴様、天才か……狂人か……なんだホッ」


​ トリさんが、なぜか深く感銘を受けてうなずいている。


​「ちがう、これは俺の作品じゃ……」


「いいから投稿するホッ! もう時間がないホッ!」


​ トリさんの言う通り、時計の針は午後の五時五十九分を指していた。


 修正している時間はない。


 この「50円の人間」と「無限のゴリラ」が舞い踊る怪文書を、世に放つしかないのか。


​「うおおおおお! 私の作家生命、是・非・も・な・し(じぇひもにゃし)ィィィ!!」



​ 私は涙目で叫びながら、スマホの画面に向かって顔面からダイブした。


 狙うは、右上の『公開』ボタン。


 鼻先一点集中。


​ ブチッ !


​ 鈍い感触と共に、私の意識は暗転した。


 最後に聞こえたのは、二匹の猫の満足げな寝息と、AIが最後に誤変換した『ぜひ、モヤシ!』という文字の残像だけだった。




​ ── 最終話へ続く ──


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