最終話 締め切り直前、夜の誤読


​ ふと意識を取り戻したとき、私の視界には見慣れた天井があった。

 時計を見る。時刻は二十時を回っている。

 どうやら私は、投稿ボタンを押した直後、酸欠と疲労で気絶していたらしい。


​「……はっ! 原稿! 投稿は!?」


​ 私は跳ね起きた。

 炬燵こたつの上では、仕事を終えた二匹の妖怪……さくらとサファイアが、互いに身を寄せ合ってスヤスヤと眠っている。

 私のスマホは、サファイアの尻の下敷きになっていた。


​「ど、どいてくれサファイア! 私の社会的評価を確認しなければならないんだ!」


​ 私は震える手でスマホを回収し、カクヨムのマイページを開いた。


 そこには、『新作』の文字が輝いている。



​ タイトル:『本能寺の猫屋敷 ~ぜひ、モヤシ!~』



​「タイトルからして終わってる……!」


​ 私は膝から崩れ落ちた。


 『是非もなし』が『ぜひ、モヤシ』になっている。信長公が最期に野菜炒めの具材をリクエストしてどうする。

 恐る恐る、本文に目を通す。そこには、私の滑舌の悪さと、AIの奔放さと、猫の吐息が織りなす地獄のタペストリーが広がっていた。



​『敵は本能寺に……おお、よしよし。さくらはいい子だねぇ。お腹ぽんぽこりんだねぇ~』



『人間50円! 下点の牛をクラブレバー!』



『無限のゴリラなり! ……んあぁっ、そこ、いい……もっと……(サファイアの声)』



『股間を踏むな! やめろ、いやメロン!』



​「…………」


​ 私はスマホを伏せた。


 これは小説ではない。


 深夜のテンションで書いた怪文書ですらない。


 ただの『猫を愛でながら錯乱したおじさんの記録』だ。


​ 削除だ。今すぐ削除して、山に籠もろう。


 そう決意して、私は震える指で『作品管理』ページを開こうとした。


 だがその時、通知欄の数字が異常な速度で増えていることに気づいた。



​「……えっ?」



​ ★10、★50、★100……


 コメントも殺到している。


 私は炎上を覚悟して、恐る恐るコメント欄を開いた。



​『斬新すぎる。信長を「50円の人間」と定義することで、戦国の世の儚さを表現しているのですね』



『「無限のゴリラなり」という一文に雷に打たれたような衝撃を受けました。野生への回帰、現代社会へのアンチテーゼを感じます』



『途中に入り込む猫の艶っぽい鳴き声が、ASMRとして最高です。文章からマイナスイオンが出ています』



『ラストの「ぜひ、モヤシ!」は、燃え尽きる本能寺を「炒め物」に例えた高度なメタファーですね。感動しました』



​「……はっ?」


​ 私の口から間抜けな声が漏れた。


 読者たちが、私の滑舌の悪さを「高度な文学的表現」として深読みしてくれている。

 さらに、AIが高精度で拾った猫たちの「んあぁ~」「ごろごろ」という音声が、なぜかテキストにリズムと癒しを与え、謎の中毒性を生んでいるらしい。



​『注目の作品』ランキング、急上昇1位。



​「う、嘘だろ……」


​ 呆然とする私の目の前で、スマホの画面が再び光った。


 画面の中に、あの雀色のトリがドヤ顔で現れる。


​「言っただろう、月影。これぞカクヨムが求める多様性だ……なんだホッ」


「トリさん……これ、本当にこれで良かったんですか?」


「結果が全てだホッ。それに、貴様の手は小説を書くためだけにあるんじゃない」


​ トリさんは、眠っている二匹の猫を翼で指した。


​「その『ゴッドハンド』で、猫たちを幸せにする。それもまた、立派な『手』の使い道だホッ」



「……!」


​ 私は自分の両手を見た。


 腱鞘炎になりかけで、少し震えている手。


 だが、この手が二匹の妖怪を骨抜きにし、結果として一つの奇妙な物語を生み出したのだ。


​「んぅ……お兄ちゃん、うるさい……」


「……ふぁ。なんだ、もう終わったのかい?」


​ 騒ぎに気づいたのか、さくらとサファイアが目を覚ました。


 サファイアは気だるげに伸びをすると、また私の左手に頭をすり付けてきた。


​「ボクはまだ凝ってるんだ。……続き、頼めるかい?」


「さくらも! さくらも撫でて!」


​ 二匹が私の両手を求めてくる。


 私は苦笑し、スマホを置いた。


​「やれやれ。私の手は、当分空きそうにないな」


​ 私は再び、両手の指を猫たちの毛並みに沈めた。


 温かい……柔らかい。


 歴史小説は書けなかったけれど、この温もりこそが、今の私にとっての「天下」なのかもしれない。


​ 私の指の動きに合わせて、二匹が幸せそうな声を奏でる。


 そのハーモニーに合わせるように、スマホの画面の中でトリさんが呟いた。



​「……なんだホッ」


​ かくして、私の「お題フェス」は幕を閉じた。


 ちなみに後日、AI音声入力の学習履歴に『信長=ゴリラ』と登録されてしまい、修正に三日三晩かかったのは、また別の話である。




​ ── 終 ──


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