第3話 空から見下ろすトリさん
その光景は、もはや心霊現象と呼ぶに相応しかった。
畳の上に放置されたスマートフォンの画面が、禍々しいほどの雀色の光を放ち、そこから「何か」が這い出ようとしているのだ。
「おい月影。貴様、まさか諦めたわけではあるまいな……なんだホッ」
画面からニュルリと飛び出したのは、カクヨムの公式マスコットキャラクター、通称『トリ』さんだった。
普段は可愛らしいイラストとして愛されている彼だが、今の私には締切を告げる死神に見える。しかも、なぜか3D(立体)だ。
「ト、トリさん!? いや、これには深い事情が……見ての通り、両手が妖怪にジャックされてまして」
私は両手のひらを見せた。そこには、私の指に絡みつき、うっとりと目を細める二匹の毛玉が張り付いている。
物理的拘束。これ以上の不可抗力があるだろうか。
しかし、トリさんは冷酷な
「言い訳無用! 貴様の手は何のためにある? 書くためだろうが……なんだホッ」
「い、いや、今は『撫でるため』に機能しておりまして……」
「黙れ! さっさとその手をキーボード……いや、フリックに戻せ! お題『手』の原稿、まだ半分も書けてないじゃないかッ!」
トリさんが翼を広げ、私の鼻先まで飛んできてペチペチと叩く。
痛くはない。だが、その精神的圧力(プレッシャー)は凄まじい。
私の至福の癒し空間に、現実という名の冷水をぶっかけられた気分だ。
だが、その騒ぎに黙っていられない者がいた。
「……なになに、その生意気な焼き鳥は」
私の左手の中で、サファイアがカッと目を見開いた。
その金色の瞳孔が、獲物を狙う狩人のように縦に細まる。
「ボクの極上の癒やしタイムを邪魔するとは……いい度胸だねぇ。毛を
サファイアから漏れ出る妖気が、部屋の温度を一気に下げる。
さらに、右手からも無邪気な殺意が湧き上がった。
「わあ、トリさんだ! 茶色い! 美味しそう~!」
さくらがヨダレを垂らしながら身を乗り出した。彼女にとって、目の前の物体は「マスコット」ではなく「高タンパクな夕食」にしか見えていない。
「ヒイィィィ!! な、なんだこの野蛮な獣たちは……ホッ!?」
さくらの鋭い猫パンチがトリさんを襲う。
トリさんは「ホッ!」と悲鳴を上げて空中に退避した。
「ま、待て! やめるんだ二人とも! それは食べ物じゃない、運営だ!」
私は叫んだ。運営を食べたらアカウントが垢BANされてしまう!
だが、狩猟本能に火がついた猫たちは止まらない。
サファイアが三又の尻尾を鞭のようにしならせ、さくらが三角飛びで宙を舞う。
「逃がさないよ、焼き鳥ィ!」
「パクッ!」
狭い六畳間で繰り広げられる、妖怪vsマスコットの空中戦。
私の部屋の障子が破れ、書きかけの資料が舞い散る。
「ええい、
逃げ惑うトリさんが、あろうことか私のスマホの上に着地した。
そして、その器用な足で画面をタップし始めたのだ。
「やめろ! 何をする気だ!」
「執筆代行だホッ! えーと……『信長は、実は宇宙人だった』……と」
「ふざけるな! 俺の重厚な歴史小説を台無しにする気か!」
「うるさいホッ! まずは文字数を埋めることが先決なんだホッ!」
トリさんの高速タップダンスにより、画面上で信長が突然UFOに連れ去られそうになっている。
猫たちは暴れ、原稿は崩壊し、締切は刻一刻と迫る。
カオスだ……地獄絵図だ。
私の両手は、興奮して暴れる猫たちを取り押さえるために使わざるを得ない。
「くそっ……鎮まれ! 俺の指技で、とろけろおおお!!」
私は覚醒した。
暴れるサファイアの首根っこを左手で掴み、飛ぼうとするさくらの後脚を右手で制し、そのまま超高速のマッサージを開始したのだ。
「んあッ!? ……そこは……ツボ……!」
「はぅぅ……お兄ちゃん……だめぇ……腰が抜けちゃうぅ……」
私のゴッドハンドが、猫たちの闘争本能を強制的にシャットダウンさせる。
だが、これでは両手が完全に塞がったままだ。
トリさんの暴走執筆を止める手がない!
「誰か……誰か俺に『第三の手』をくれえええ!!」
私の絶叫が部屋に響く。
その時、私の脳裏に一筋の閃きが走った。
手がないなら。
手を使わずに書けばいいじゃない !
「……そうだ。まだ、アレがあった!」
私は両手の指を高速で動かし続けながら、顔だけをスマホに近づけた。
狙うは、キーボードの端にある小さなマイクのアイコン。
鼻先で、タップ!
ポォン ♪
無機質な音が鳴り、音声入力モードが起動した。
── 第4話へ続く ──
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