第17話 世界裂け目・第三層


 


 第三層へ、

 踏み込んだ瞬間、

 音が、

 消えた。


 


 風も、

 鼓動も、

 呼吸さえも。


 


 世界が、

 静止している。


 


 「……無音」


 


 声を出しても、

 自分の耳には、

 届かない。


 


 だが、

 レーシャの声だけは、

 直接、

 意識に響いた。


 


 「ここは、

 世界裂け目の、

 中核」


 


 「音も、

 時間も、

 意味を失う場所」


 


 視界は、

 白と黒の、

 中間。


 


 霧のような、

 空間に、

 一本の道だけが、

 伸びている。


 


 「……道が、

 用意されてる」


 


 剣を、

 握りながら、

 一歩、

 進む。


 


 足音は、

 ない。


 


 それでも、

 進んでいる感覚だけは、

 確かだ。


 


 やがて、

 道の先に、

 人影が、

 見えた。


 


 背丈は、

 さなえと、

 同じ。


 


 だが、

 輪郭が、

 曖昧。


 


 近づくほど、

 違和感が、

 強くなる。


 


 「……私?」


 


 人影は、

 確かに、

 三橋さなえの、

 姿をしていた。


 


 同じ顔。


 


 同じ体格。


 


 だが、

 目だけが、

 違う。


 


 深く、

 冷たい。


 


 「ようやく、

 来たね」


 


 今度は、

 声が、

 聞こえた。


 


 直接、

 脳に。


 


 「君は、

 誰?」


 


 問いかける。


 


 人影は、

 小さく、

 首を傾げた。


 


 「私は、

 可能性」


 


 「剣神に、

 なりきれなかった、

 君」


 


 背筋が、

 凍る。


 


 「……失敗した、

 未来?」


 


 「正解」


 


 人影は、

 笑った。


 


 感情の、

 ない笑み。


 


 「世界は、

 常に、

 選択を、

 用意する」


 


 「君が、

 剣だけを、

 選んだ場合の、

 結末」


 


 周囲の霧が、

 揺らぐ。


 


 映像が、

 流れ出す。


 


 都市。


 


 崩壊。


 


 ビルが、

 倒れ。


 


 人々が、

 逃げ惑う。


 


 その中心で、

 一人、

 立つ存在。


 


 剣を、

 振るう、

 少女。


 


 力は、

 圧倒的。


 


 だが、

 誰も、

 近づけない。


 


 「……私が、

 壊した?」


 


 「違う」


 


 人影は、

 淡々と否定する。


 


 「君は、

 守ろうとした」


 


 「だが、

 強すぎた」


 


 「世界は、

 守られるより、

 壊れた」


 


 映像の中の、

 少女は、

 最後、

 一人だった。


 


 剣を、

 地面に、

 突き立て。


 


 誰も、

 いない空を、

 見上げている。


 


 「……バッカスと、

 同じだ」


 


 呟く。


 


 人影は、

 頷いた。


 


 「だから、

 私は、

 ここにいる」


 


 「君が、

 選ぶ前に、

 示すために」


 


 剣を、

 抜く。


 


 だが、

 構えない。


 


 「……戦う、

 必要は、

 ないですね」


 


 人影の目が、

 わずかに、

 揺れた。


 


 「なぜ?」


 


 「あなたは、

 敵じゃない」


 


 第二層で、

 学んだこと。


 


 斬る前に、

 理解する。


 


 「あなたは、

 私の、

 恐れ」


 


 「過去の、

 延長」


 


 剣先を、

 下げる。


 


 「でも、

 私は、

 もう、

 一人じゃない」


 


 人影が、

 後ずさる。


 


 「……嘘だ」


 


 「剣神は、

 孤独だ」


 


 「誰も、

 隣に、

 立てない」


 


 「それは、

 前の、

 世界の話です」


 


 静かに、

 言い返す。


 


 「今は、

 違う」


 


 学園がある。


 


 仲間がいる。


 


 守りたい、

 日常がある。


 


 「私は、

 剣を、

 振るう」


 


 「でも、

 世界を、

 切り捨てない」


 


 人影の身体に、

 ひびが、

 入る。


 


 「……選んだ、

 のか」


 


 「はい」


 


 迷いは、

 なかった。


 


 剣を、

 軽く、

 一振り。


 


 斬撃は、

 放たれない。


 


 代わりに、

 境界が、

 揺らぐ。


 


 人影は、

 崩れ――

 消えた。


 


 空間が、

 一気に、

 動き出す。


 


 音が、

 戻る。


 


 風が、

 吹く。


 


 鼓動が、

 胸を打つ。


 


 そして――。


 


 目の前に、

 巨大な、

 結晶体。


 


 世界裂け目の、

 核。


 


 「……これが」


 


 レーシャの声が、

 静かに、

 響く。


 


 「世界の、

 選択装置」


 


 「壊せば、

 裂け目は、

 消える」


 


 「だが、

 代償も、

 ある」


 


 「私が、

 消える?」


 


 「いいえ」


 


 少し、

 間を置いて。


 


 「剣神としての、

 全権限が、

 固定される」


 


 「戻れなく、

 なる」


 


 剣を見る。


 


 刃は、

 静かだ。


 


 かつての、

 血の匂いは、

 ない。


 


 「……それで、

 いい」


 


 結晶に、

 手を伸ばす。


 


 拒絶は、

 なかった。


 


 光が、

 溢れる。


 


 世界が、

 震える。


 


 だが、

 崩れない。


 


 代わりに、

 一つの、

 答えが、

 刻まれた。


 


 ――剣は、

 守るために、

 ある。


 


 光が、

 収束する。


 


 裂け目が、

 ゆっくりと、

 閉じていく。


 


 「……終わった」


 


 息を、

 吐く。


 


 第三層。


 


 世界裂け目は、

 消滅した。


 


 だが、

 世界は、

 変わった。


 


 三橋さなえは、

 もう、

 ただの、

 探索者ではない。


 


 剣神として。


 


 だが、

 孤独ではない、

 剣神として。


 


 世界は、

 彼女を、

 選んだ。


 


 そして――。


 


 次に、

 試されるのは、

 裂け目ではない。


 


 人の、

 世界そのものだ。


 


 戦いは、

 形を、

 変えて、

 続いていく。


 


 だが、

 三橋さなえは、

 もう、

 迷わない。


 


 剣を、

 守るために、

 振るうと、

 決めたのだから。

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