第13話 世界の視線


 


 地上へ戻った瞬間、

 空気が、

 明らかに変わった。


 


 ダンジョン出口付近に、

 複数の気配。


 


 探索者ギルド職員、

 学園関係者、

 そして――

 見慣れないスーツ姿。


 


 「……国家監査局?」


 


 山岡が、

 低く呟く。


 


 その言葉だけで、

 場の緊張が、

 一段跳ね上がった。


 


 毛利ゆきなが、

 即座に前に出る。


 


 「三橋さんは、

 医療チェックが、

 最優先です」


 


 「分かっています」


 


 スーツの男が、

 淡々と答える。


 


 年齢は四十前後。

 表情が、

 まるで動かない。


 


 「ですが、

 いくつか、

 確認を」


 


 視線が、

 さなえに向く。


 


 「あなたが、

 限定解除を、

 行いましたね?」


 


 隠す意味はない。


 


 「はい」


 


 短く答える。


 


 「ギルドの、

 正式承認は?」


 


 「ありません」


 


 即答。


 


 その瞬間、

 周囲が、

 ざわめいた。


 


 スーツの男は、

 眉一つ動かさず、

 端末を操作する。


 


 「……想定通りです」


 


 その一言が、

 妙に重かった。


 


 医療室。


 


 ベッドに横たわりながら、

 さなえは、

 天井を見つめていた。


 


 身体の疲労は、

 確かにある。


 


 だが、

 それ以上に、

 意識の奥が、

 ざわついていた。


 


 ――見られている。


 


 ダンジョン内とは、

 違う。


 


 もっと、

 広く、

 深い何か。


 


 「……気づいた?」


 


 レーシャの声。


 


 「ええ」


 


 小さく返す。


 


 「世界の、

 上層だね」


 


 「上層?」


 


 「人間が、

 直接触れられない領域」


 


 軽く言うが、

 内容は重い。


 


 「あなたが、

 限界値を越えたことで、

 境界に、

 亀裂が入った」


 


 「……それで、

 視線か」


 


 「そう」


 


 レーシャは、

 一拍置いて、

 続けた。


 


 「監視されてる。

 世界に、

 馴染むか。

 異物として、

 排除されるか」


 


 さなえは、

 目を閉じた。


 


 ――選別。


 


 異世界でも、

 何度も見てきた。


 


 強すぎる存在は、

 歓迎されない。


 


 病室の扉が、

 ノックされる。


 


 入ってきたのは、

 葛城あきらだった。


 


 珍しく、

 険しい顔。


 


 「……大事になってる」


 


 椅子に腰掛け、

 率直に言う。


 


 「国家が、

 動いた」


 


 「でしょうね」


 


 落ち着いて答える。


 


 葛城は、

 小さく笑った。


 


 「本当に、

 肝が据わってるな」


 


 「慣れているだけです」


 


 「異世界、

 だったか」


 


 視線が、

 鋭くなる。


 


 「どこまで、

 覚えてる?」


 


 「ほぼ、

 全部です」


 


 沈黙。


 


 葛城は、

 深く息を吐いた。


 


 「……国家から、

 提案が来ている」


 


 「提案?」


 


 「君を、

 国家管理下に、

 置きたいそうだ」


 


 予想通り。


 


 「断れば?」


 


 「強制ではない。

 だが――」


 


 言葉を選ぶ。


 


 「自由は、

 ほぼ失う」


 


 「受ければ?」


 


 「保護と、

 研究対象だ」


 


 どちらも、

 檻。


 


 形が、

 違うだけ。


 


 さなえは、

 少し考え、

 口を開いた。


 


 「第三の選択肢は?」


 


 葛城の目が、

 わずかに細くなる。


 


 「……ある」


 


 「聞かせてください」


 


 「特別独立探索者」


 


 低く、

 はっきりとした声。


 


 「国家にも、

 ギルドにも、

 完全には属さない」


 


 「代わりに?」


 


 「定期報告。

 監視。

 緊急時の、

 優先召集」


 


 完全な自由ではない。


 


 だが、

 剣を握る余地は、

 残されている。


 


 「世界の、

 反応は?」


 


 さなえが、

 問い返す。


 


 「……微妙だ」


 


 葛城は、

 正直に言った。


 


 「君を、

 危険視する勢力も、

 必要とする勢力も、

 両方ある」


 


 レーシャの声が、

 頭の中で重なる。


 


 ――選ばされてるね。


 


 「……剣を、

 使えるなら、

 それでいい」


 


 さなえは、

 答えを出した。


 


 「第三案を、

 受けます」


 


 葛城は、

 静かに頷いた。


 


 「そう言うと、

 思っていた」


 


 立ち上がり、

 扉へ向かう。


 


 「準備は、

 すぐに始まる」


 


 「はい」


 


 扉が閉まり、

 一人になる。


 


 さなえは、

 自分の手を、

 じっと見つめた。


 


 小さな手。


 


 だが、

 剣を振るには、

 十分だ。


 


 「……バッカス、

 だった頃は、

 考えなかったな」


 


 誰にも、

 聞かれない声。


 


 強ければ、

 それでよかった。


 


 だが、

 今は違う。


 


 この世界には、

 守るべき、

 日常がある。


 


 そして、

 剣を振る理由がある。


 


 レーシャが、

 最後に囁く。


 


 「世界は、

 あなたを、

 敵にも、

 味方にも、

 できる」


 


 「選ぶのは、

 あなた」


 


 さなえは、

 目を閉じ、

 深く息を吸った。


 


 ――なら、

 剣で示すだけだ。


 


 世界が、

 どう見ようと。


 


 三橋さなえは、

 探索者として、

 歩き続ける。


 


 剣神の影を、

 背負いながら。


 


 そして、

 世界の視線は、

 さらに、

 濃くなっていく。


 


 次の舞台は、

 もう、

 学園でも、

 一つのダンジョンでも

 なかった。


 


 ――世界そのものが、

 相手になる。

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