第12話 限界値


 


 管理外ダンジョンの奥は、

 静かすぎた。


 


 水滴の音だけが、

 やけに大きく響く。


 


 足を進めるたび、

 岩肌に、

 靴底が擦れる。


 


 「……気味が悪いな」


 


 篠崎が、

 小さく呟いた。


 


 誰も否定しない。


 


 魔物の気配が、

 薄すぎる。


 


 倒した数に対して、

 奥行きが、

 不自然だった。


 


 さなえは、

 先頭で歩きながら、

 感覚を、

 限界まで研ぎ澄ます。


 


 ――来る。


 


 理由は、

 説明できない。


 


 だが、

 確信があった。


 


 「一度、

 止まってください」


 


 足を止め、

 手を上げる。


 


 全員が、

 即座に従った。


 


 「……前方、

 広い空間。

 魔力、

 異常に溜まっています」


 


 山岡が、

 舌打ちする。


 


 「罠か」


 


 「可能性、

 高いです」


 


 毛利の声が、

 通信越しに入る。


 


 「警告します。

 内部魔力、

 急上昇」


 


 その瞬間、

 空間が、

 歪んだ。


 


 奥の広間で、

 黒い影が、

 ゆっくりと立ち上がる。


 


 ――ミノタウロス。


 


 浅層には、

 本来、

 存在しない魔物。


 


 「……冗談だろ」


 


 篠崎が、

 声を失う。


 


 角、

 巨体、

 異常な魔力圧。


 


 明らかに、

 ランクB相当。


 


 「撤退だ!」


 


 山岡が、

 叫ぶ。


 


 だが、

 出口方向が、

 塞がれた。


 


 岩壁が、

 音を立てて崩れ、

 退路を断つ。


 


 「……閉じ込め、

 られた?」


 


 柊の声が、

 震える。


 


 さなえは、

 剣を構えた。


 


 身体の奥が、

 熱を帯びる。


 


 【制限警告】

 【出力上限接近】


 


 視界に、

 赤い文字が走る。


 


 ――足りない。


 


 このままでは、

 全員が死ぬ。


 


 ミノタウロスが、

 地面を蹴った。


 


 一歩。


 


 それだけで、

 空気が爆ぜる。


 


 「山岡さん、

 正面を!」


 


 「了解!」


 


 盾が、

 構えられる。


 


 衝突。


 


 轟音。


 


 山岡が、

 数メートル

 弾き飛ばされた。


 


 「……っ」


 


 即死ではない。


 


 だが、

 次は耐えられない。


 


 さなえは、

 駆け出した。


 


 剣を振る。


 


 だが、

 刃は、

 浅くしか通らない。


 


 【制限警告】

 【出力超過不可】


 


 内側で、

 何かが、

 軋む。


 


 ――邪魔だ。


 


 制限が。


 


 世界が。


 


 その感情が、

 はっきりと

 形を持った瞬間。


 


 視界が、

 完全に白くなった。


 


 時間が、

 引き伸ばされる。


 


 世界が、

 止まった。


 


 「……やめなさい」


 


 声が、

 響く。


 


 レーシャだった。


 


 いつもの、

 軽い調子ではない。


 


 「ここで越えたら、

 戻れなくなる」


 


 「……戻る?」


 


 心の中で、

 問い返す。


 


 「この世界の、

 枠に」


 


 さなえは、

 笑った。


 


 ――戻る気なんて、

 最初からない。


 


 「でも、

 守れないなら、

 意味がない」


 


 レーシャが、

 沈黙する。


 


 「……限界値、

 解除する」


 


 静かな声。


 


 「ただし、

 一瞬だけ。

 世界が、

 気づく前に」


 


 次の瞬間、

 制限が、

 砕け散った。


 


 【制限解除】

 【出力:三五%】


 


 世界が、

 悲鳴を上げる。


 


 だが、

 構わない。


 


 さなえは、

 剣を振った。


 


 一閃。


 


 音が、

 消える。


 


 ミノタウロスの動きが、

 止まり、

 次の瞬間、

 崩れ落ちた。


 


 空間が、

 静まり返る。


 


 制限が、

 即座に戻る。


 


 【出力制限復帰】


 


 さなえは、

 膝をついた。


 


 息が、

 荒い。


 


 だが、

 全員、

 生きている。


 


 「……今の」


 


 篠崎が、

 言葉を失う。


 


 毛利の声が、

 震えていた。


 


 「記録……

 異常値。

 世界干渉、

 最大級」


 


 山岡が、

 ゆっくりと立ち上がり、

 さなえを見る。


 


 「……助けられた」


 


 短い言葉。


 


 だが、

 重かった。


 


 「三橋」


 


 毛利が、

 続ける。


 


 「これ以上は、

 本当に危険です」


 


 「分かっています」


 


 さなえは、

 立ち上がり、

 剣を納めた。


 


 身体が、

 重い。


 


 だが、

 心は、

 不思議と静かだった。


 


 レーシャの声が、

 最後に響く。


 


 「……世界は、

 あなたを、

 必要とし始めてる」


 


 それは、

 祝福ではない。


 


 警告だった。


 


 限界値は、

 越えられた。


 


 だが、

 代償は、

 まだ、

 支払われていない。


 


 三橋さなえは、

 ダンジョンの奥を、

 静かに見据えた。


 


 ――剣神としてではなく、

 探索者として。


 


 それでも、

 剣を振る。


 


 次に世界が、

 何を要求してくるのか。


 


 その答えは、

 もう、

 近づいていた。

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