第9話 管理された覚醒


 


 ダンジョンの揺れが、

 完全に止まってからも、

 誰一人、

 すぐには動けなかった。


 


 空気が、

 張り付いたように重い。


 


 剣を半ば抜いたまま、

 さなえは、

 静止していた。


 


 身体の奥で、

 熱が、

 低く渦巻いている。


 


 だが、

 暴れはしない。


 


 ――抑えられている。


 


 「……安定しているな」


 


 葛城が、

 慎重に一歩近づく。


 


 その視線は、

 剣ではなく、

 さなえ自身に向けられていた。


 


 「今の状態、

 どれくらい持つ?」


 


 「分かりません」


 


 正直に答える。


 


 「ただ、

 今は、

 私の意思で止められます」


 


 羽柴が、

 ごくりと唾を飲む。


 


 「……三橋、

 君は、

 自分が何をしているか、

 分かっているのか」


 


 「分かっています」


 


 即答だった。


 


 「だから、

 ここにいます」


 


 葛城は、

 短く頷く。


 


 「よし。

 なら、

 次の段階だ」


 


 学園地下、

 特別隔離区画。


 


 そこは、

 元々、

 高難度ダンジョン対策の、

 実験用施設だった。


 


 分厚い壁、

 強化ガラス、

 多重結界。


 


 「ここで、

 限定覚醒の、

 観測を行う」


 


 葛城の言葉に、

 教員たちが、

 緊張した表情を浮かべる。


 


 「危険すぎます」


 


 大森学園長が、

 低く言った。


 


 「生徒を、

 実験に使うなど――」


 


 「違います」


 


 葛城は、

 遮った。


 


 「彼女は、

 もう、

 観測対象になっている」


 


 視線が、

 さなえに集まる。


 


 「世界そのものが、

 な」


 


 静まり返る室内。


 


 さなえは、

 ゆっくりと、

 息を吐いた。


 


 「……始めてください」


 


 覚悟は、

 できていた。


 


 制御室の扉が、

 閉じられる。


 


 隔離区画に残ったのは、

 さなえ一人。


 


 天井から、

 淡い光が降り注ぐ。


 


 「限定解放、

 出力一〇%」


 


 スピーカー越しに、

 葛城の声。


 


 「異常を感じたら、

 即座に中断する」


 


 「了解」


 


 短く返し、

 剣を、

 完全に抜いた。


 


 刃が、

 澄んだ音を立てる。


 


 その瞬間、

 世界が、

 一段、

 鮮明になった。


 


 音が、

 遅れて聞こえる。


 


 光の粒が、

 見える。


 


 ――懐かしい感覚。


 


 だが、

 異世界のそれとは、

 決定的に違った。


 


 身体が、

 重い。


 


 力が、

 通らない。


 


 「……制限、

 強いな」


 


 呟くと、

 内側から、

 微かな反発が返る。


 


 それを、

 押さえつける。


 


 「対象、

 魔力波形安定」


 


 オペレーターの声。


 


 「剣技、

 確認を」


 


 葛城の指示。


 


 さなえは、

 小さく頷き、

 一歩、

 踏み出した。


 


 振りは、

 最小。


 


 速度も、

 抑える。


 


 それでも、

 空気が、

 切り裂かれた。


 


 衝撃波が、

 壁に当たり、

 低い音を立てる。


 


 「……っ!」


 


 制御室が、

 ざわつく。


 


 「出力、

 規定値内!」


 


 「壁面損傷、

 なし!」


 


 だが、

 さなえは、

 納得していなかった。


 


 ――弱い。


 


 剣神としては、

 あり得ないほど。


 


 それでも。


 


 この世界では、

 十分すぎる。


 


 「……次」


 


 踏み込み、

 横薙ぎ。


 


 空間が、

 歪む。


 


 だが、

 結界が、

 確実に受け止めた。


 


 「安定、

 確認」


 


 葛城が、

 低く笑う。


 


 「管理下なら、

 問題ないな」


 


 その時、

 さなえの意識の奥で、

 声が響いた。


 


 「……なるほど」


 


 レーシャだった。


 


 「世界が、

 あなたを、

 枠に入れた」


 


 「……いいのか?」


 


 心の中で、

 問い返す。


 


 「今は、

 それでいい」


 


 どこか、

 真剣な声音。


 


 「あなたが、

 剣神のままなら、

 この世界は、

 壊れる」


 


 「でも、

 探索者なら――」


 


 言葉が、

 途切れた。


 


 代わりに、

 熱が、

 静かに引いていく。


 


 さなえは、

 剣を、

 納めた。


 


 「限定解放、

 終了」


 


 葛城の声と同時に、

 隔離区画の光が、

 元に戻る。


 


 扉が開き、

 人の気配が、

 一気に流れ込んだ。


 


 羽柴が、

 駆け寄る。


 


 「……大丈夫か」


 


 「はい」


 


 短く答える。


 


 疲労は、

 ある。


 


 だが、

 心は、

 驚くほど静かだった。


 


 葛城が、

 真正面に立つ。


 


 「三橋さなえ」


 


 その声は、

 ギルド長のものだった。


 


 「君は、

 今後、

 特別管理探索者となる」


 


 「拒否権は?」


 


 「ない」


 


 即答。


 


 だが、

 続けて言った。


 


 「代わりに、

 自由度は、

 最大限、

 保証する」


 


 さなえは、

 少しだけ考え、

 頷いた。


 


 「分かりました」


 


 それが、

 最善だと、

 理解していた。


 


 この世界で、

 剣を持って生きるために。


 


 管理された覚醒。


 


 それは、

 檻であると同時に、

 道でもあった。


 


 そして、

 本当の試練は、

 これから始まる。


 


 ――剣神ではなく、

 探索者として。


 


 三橋さなえの、

 新しい戦いが、

 静かに幕を開けた。

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