第8話 境界線
警報音が、
学園全体を包み込んだ。
探索者育成学園では、
通常、
警報が鳴ることはない。
鳴るとすれば、
ただ一つ。
――ダンジョンの異常。
校舎内の照明が、
一段暗く落とされ、
赤い非常灯が点灯する。
「生徒は全員、
指定避難区画へ!」
放送が、
繰り返し流れる。
教室から、
廊下へと、
足音があふれ出す。
混乱は、
まだ小さい。
だが、
不安の匂いが、
確実に広がっていた。
その中心から、
少し離れた場所。
立入禁止区域の、
古い訓練棟。
さなえは、
一歩も動けずにいた。
視界に浮かぶ、
半透明の文字。
【世界干渉率:上昇】
【魂格安定度:低下】
――まずい。
理性では、
はっきり分かっている。
ここで覚醒すれば、
制御できない。
この世界の器は、
まだ剣神を、
受け止めきれない。
「……レーシャ」
心の中で、
呼びかける。
だが、
返事はなかった。
――繋がりが、
弱まっている。
それだけで、
事態の深刻さが、
分かった。
空気が、
重くなる。
見えない圧が、
肩にのしかかる。
剣を、
抜いていないのに。
剣を、
振っていないのに。
周囲の魔力が、
勝手に集まり始めていた。
「……抑えろ。
抑えろ……」
小さく、
繰り返す。
その時、
足音が聞こえた。
複数。
しかも、
統制の取れた、
重い足音。
「三橋さなえ!」
鋭い声が、
訓練棟に響く。
振り向くと、
そこにいたのは、
羽柴とおるだった。
その背後には、
数名の教員と、
学園警備員。
さらに、
黒いコート姿の男。
葛城あきら。
探索者ギルド長が、
自ら、
来ていた。
「……やはり、
君だったか」
葛城は、
さなえを見て、
深く息を吐く。
「説明は後だ。
今は――」
言葉が、
途中で途切れた。
床が、
低く唸る。
学園地下の、
ダンジョン入口から、
魔力が噴き上がった。
「……暴走?」
警備員の一人が、
声を震わせる。
「違う」
葛城は、
即座に否定した。
「引き寄せられている。
中心は――」
視線が、
さなえに向く。
羽柴が、
一歩前に出た。
「三橋、
君は下がれ。
ここは、
大人が――」
「無理です」
さなえは、
はっきり言った。
全員の視線が、
集中する。
「これは、
私の問題です」
言葉を、
選ぶ余裕はなかった。
「今、
私が離れれば、
ダンジョンは、
もっと荒れる」
葛城の目が、
細くなる。
「……根拠は?」
「感覚です」
一瞬、
場が静まる。
だが、
葛城は、
笑わなかった。
「探索者の勘、
というやつか」
そう言って、
腕を組む。
「……信じる価値は、
ある」
羽柴が、
息をのむ。
「ギルド長、
本気ですか?」
「この反応は、
偶然じゃない」
葛城は、
低く言った。
「彼女は、
境界線に立っている」
「境界線……?」
「人と、
それ以上の存在との、
境目だ」
その言葉に、
さなえは、
わずかに目を伏せた。
――隠しきれない。
「選べ」
葛城が、
静かに告げる。
「今、
完全に抑え込むか。
それとも――」
間を置く。
「管理下で、
一部を解放するか」
空気が、
張り詰める。
それは、
選択ではなく、
賭けだった。
抑え込めば、
いつか、
制御不能になる。
解放すれば、
戻れない可能性がある。
さなえは、
目を閉じた。
思い浮かぶのは、
異世界の、
最後の光景。
剣を振り、
倒れ、
終わった人生。
――今度は。
「……解放します」
静かだが、
揺るがない声。
「ただし、
条件があります」
葛城が、
頷く。
「言え」
「私が、
主導権を持つ」
一瞬、
誰も言葉を発せなかった。
やがて、
葛城が、
小さく笑う。
「いいだろう」
「責任は?」
「ギルドが取る」
その瞬間、
さなえの中で、
何かが、
はっきりと切り替わった。
剣神としてではない。
探索者として。
この世界で、
生きる者として。
ゆっくりと、
剣に手をかける。
鞘から、
僅かに、
刃が覗いた。
空気が、
一気に、
澄み渡る。
【限定解放】
【剣神権限:一部承認】
文字が、
静かに消えた。
ダンジョンの揺れが、
ぴたりと、
止まる。
誰もが、
息を止めていた。
境界線は、
越えられた。
だが、
戻れる保証は、
どこにもなかった。
それでも、
三橋さなえは、
一歩、
前に進んだ。
――剣を持つ者として。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます