第7話 兆し
それは、
ほんの小さな違和感から始まった。
朝の訓練場。
基礎動作の反復。
剣を振り、
足を運び、
呼吸を整える。
いつもと、
何一つ変わらない。
――はずだった。
踏み込みの瞬間、
床の感触が、
一瞬だけ消えた。
「……?」
さなえは、
動きを止めなかった。
止めれば、
乱れが周囲に伝わる。
だが、
確実に感じた。
剣と身体の間に、
薄い膜のようなものが、
挟まった感覚。
――これは。
異世界で、
何度も経験した。
スキル発現の、
直前。
だが、
表示はない。
ステータスを確認しても、
変化はなかった。
「三橋、
どうした?」
羽柴の声で、
我に返る。
「……何でもない」
そう答えながら、
内心では警戒を強めていた。
これは、
良くない兆候だ。
制御できない覚醒ほど、
危険なものはない。
午前の訓練が終わり、
休憩時間に入る。
さなえは、
一人で給水所に向かった。
水を口に含んだ瞬間、
喉の奥が、
僅かに熱を帯びる。
「……来るか」
小さく、
呟いた。
周囲には、
誰もいない。
だが、
空気が、
揺れた。
「……えっと、
その……」
聞き覚えのある声が、
頭の中に直接響く。
「……レーシャ」
低く、
名を呼ぶ。
「ひ、
久しぶり、かな?」
気まずそうな調子。
「説明しろ」
間髪入れずに言うと、
一瞬、
沈黙があった。
「……えっとね。
ステータス、
そろそろ世界側が、
気づき始めてる」
「世界側?」
「うん。
この世界のダンジョン、
あなたを、
異常値として認識し始めた」
さなえは、
目を細めた。
――予想通りだ。
「だから、
無理に抑え込んでるスキルが、
勝手に浮上し始めてる」
「制御できるか」
「……正直、
五分五分」
正直すぎる答えだった。
「対処法は?」
「剣を振らないこと。
強く感情を動かさないこと。
ダンジョンに、
近づかないこと」
すべて、
剣士にとって、
最悪の条件だ。
「無理だな」
即答した。
「だよね……」
レーシャの声が、
小さくなる。
「じゃあ、
覚悟だけ、
しておいて」
「覚悟?」
「覚醒は、
段階的じゃない。
一気に、
来る可能性が高い」
その言葉が、
消えた瞬間。
視界が、
一瞬だけ、
歪んだ。
世界の色が、
薄くなる。
「……っ」
膝が、
わずかに揺れる。
だが、
倒れはしない。
――ここで、
崩れるわけにはいかない。
呼吸を整え、
周囲を確認する。
誰も、
気づいていない。
その日の午後、
異変は別の形で現れた。
ダンジョン監視センター。
巨大なモニターに、
数値が流れている。
「……反応、
上がってませんか?」
オペレーターの声。
「浅層ダンジョン、
魔力密度、
微増しています」
「原因は?」
「……不明です。
モンスターの動きも、
落ち着いています」
監視責任者は、
腕を組んだ。
「人為的な、
影響か?」
「可能性は、
否定できません」
その情報は、
すぐにギルドへ回された。
葛城あきらは、
端末を見て、
眉をひそめる。
「……位置が、
学園と重なるな」
嫌な予感が、
確信へ変わる。
同じ頃、
学園の裏手。
立入禁止区域に近い、
古い訓練棟で、
さなえは一人、
剣を握っていた。
「……抑えろ」
自分に言い聞かせる。
剣は、
抜いていない。
だが、
鞘の中で、
刃が震えている。
身体の奥から、
何かが、
溢れ出そうとしていた。
それは、
怒りでも、
恐怖でもない。
――歓喜だ。
剣を振れる。
戦える。
生きている。
その感情が、
引き金になる。
空気が、
震えた。
足元の砂利が、
僅かに浮く。
「……来るな」
呟いた瞬間、
視界の端に、
文字が浮かび上がった。
【条件確認】
【魂格:剣神】
【世界適合:未完了】
「……っ」
歯を食いしばる。
まだだ。
今ではない。
だが、
世界は待たない。
遠くで、
サイレンが鳴った。
ダンジョン側の、
緊急警報。
学園の空が、
不穏な色に染まっていく。
剣神の覚醒は、
もはや、
避けられない地点に
差し掛かっていた。
その中心にいるのが、
三橋さなえであることを、
まだ誰も、
完全には理解していなかった。
――嵐は、
すぐそこまで来ている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます