第6話 異物
初ダンジョン実習の翌日。
学園の空気は、
わずかに変わっていた。
廊下を歩くたび、
視線を感じる。
ひそひそとした声。
途中で止まる会話。
「……あの子だよ」
「ほら、
昨日の……」
さなえは、
聞こえないふりをして歩いた。
――予想通りだ。
異常は、
隠し続けられない。
教室に入ると、
ざわめきが一瞬で収まった。
露骨すぎて、
苦笑が浮かぶ。
自分は、
この場では異物なのだ。
席に着くと、
前の席の男子が、
ちらりと振り返った。
「……昨日、
すごかったな」
探るような目。
「そうか?」
短く返す。
男子は、
それ以上踏み込まず、
前を向いた。
無難な距離感。
悪くない。
だが、
全員がそうではない。
「三橋さん」
背後から、
女子の声がした。
振り返ると、
整った顔立ちの少女が立っている。
探索者志望らしく、
体つきが引き締まっていた。
「昨日のダンジョンで、
なんであんなに、
冷静でいられたの?」
周囲の耳が、
一斉にこちらへ向く。
さなえは、
一拍置いて答えた。
「……慣れていただけだ」
「慣れ?」
少女は、
眉をひそめる。
「浅層だ。
あれくらいなら、
騒ぐほどでもない」
教室が、
一瞬、静まり返った。
次の瞬間、
ざわつきが爆発する。
「……浅層でも、
怖いだろ」
「普通、
固まるよな?」
さなえは、
内心で息を吐いた。
――言い過ぎた。
だが、
取り繕うつもりはなかった。
「命を懸ける場所だ。
怖がる暇があるなら、
考えた方がいい」
言葉は、
素直な感想だった。
だが、
教室の空気は、
一気に重くなる。
そこへ、
扉が開いた。
「席に着け」
羽柴とおるの声。
全員が、
慌てて席に戻る。
羽柴は、
一瞬だけ、
さなえを見た。
何も言わない。
だが、
何かを測っている。
授業は、
座学だった。
ダンジョン理論。
モンスター生態。
危険回避。
さなえにとっては、
既知の内容が多い。
だが、
現代特有の知識もある。
魔石の扱い。
管理区域のルール。
法的責任。
――世界が違えば、
剣の振り方も変わる。
それを、
静かに学ぶ。
昼休み。
さなえが一人で
食事を取っていると、
羽柴が近づいてきた。
「少し、
いいか」
人のいない場所へ、
移動する。
「昨日の判断、
どうやって気づいた?」
核心を突く質問。
さなえは、
少し考えた。
「……音だ」
「音?」
「壁の向こうで、
呼吸が乱れた」
羽柴は、
目を見開いた。
「それを、
浅層で?」
「たまたまだ」
昨日と同じ答え。
羽柴は、
苦笑した。
「君は、
自分がどれだけ、
浮いているか、
分かっているか?」
「分かっている」
即答だった。
「ならいい」
羽柴は、
それ以上踏み込まなかった。
だが、
視線は複雑だった。
放課後。
さなえは、
一人で校庭を歩いていた。
遠くで、
訓練する生徒たちの声がする。
剣戟の音。
掛け声。
懐かしく、
少しだけ、
胸が疼いた。
その時だった。
「――やはり、
ここにいたか」
低い声。
振り返ると、
そこに立っていたのは、
葛城あきらだった。
学園の制服姿だが、
雰囲気は完全にギルド長だ。
「無断立ち入りか?」
さなえが言うと、
葛城は鼻で笑った。
「正式な視察だ」
近づいてきて、
真剣な目で見る。
「噂になっている」
「だろうな」
「隠す気は?」
「必要なら」
葛城は、
少し黙った。
「君は、
この学園にとって、
異物だ」
はっきりとした言葉。
「だが――
排除すべき異物ではない」
視線が、
鋭くなる。
「使い方を、
間違えなければ、
希望になる」
「使われる気はない」
さなえは、
即座に返した。
葛城は、
小さく笑った。
「だろうな」
夕日が、
校庭を赤く染めていく。
「忠告だ」
葛城は、
背を向けながら言った。
「君は、
まだ剣を抜くな」
「抜いた瞬間、
世界が、
君を放っておかなくなる」
さなえは、
その背中を見送った。
――分かっている。
剣神の魂は、
異物だ。
だが、
剣を振らずに生きることは、
できない。
静かな学園の中で、
嵐は、
確実に近づいていた。
それを、
誰よりも理解しているのは、
三橋さなえ自身だった。
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