第5話 初ダンジョン
探索者育成学園の朝は、
想像以上に早かった。
まだ日が高く昇りきらない時間帯、
第一訓練棟の前に、
生徒たちが集められていた。
全員、
簡易装備に身を包んでいる。
軽装の防護服。
貸与された模擬武器。
最低限の回復薬。
――初ダンジョン実習。
名目は、
あくまで見学と安全確認。
だが、
全員が分かっている。
本当の目的は、
恐怖を知ることだ。
「いいか、
本日は浅層のみだ」
羽柴とおるが、
前に立って説明する。
「危険は低い。
だが、
ゼロではない」
その言葉に、
何人かが喉を鳴らした。
「異変を感じたら、
即座に後退」
「英雄気取りは、
ここでは不要だ」
さなえは、
その様子を静かに眺めていた。
――浅層、か。
異世界の深層を知る身からすれば、
散歩にも満たない。
だが、
油断はしない。
どんな戦場でも、
死ぬのは慢心した者だ。
バスに乗り込み、
学園を出発する。
目的地は、
市街地から少し離れた、
管理下ダンジョンだった。
到着すると、
空気が変わる。
入口は、
巨大なコンクリート施設に
覆われていた。
その中心に、
歪んだ空間が口を開けている。
――ダンジョンゲート。
揺らめくような、
水面のような壁。
初めて見る生徒たちは、
言葉を失っていた。
「これが……」
誰かが、
呟く。
さなえは、
一歩前に出た。
肌が、
僅かに粟立つ。
――懐かしい。
理屈ではない。
魂が、
戦場の匂いを覚えている。
「入場するぞ」
管理員の合図で、
隊列が組まれた。
さなえは、
中ほどに配置される。
前後を、
教師と警備探索者が固める。
ゲートをくぐった瞬間、
世界が反転した。
足元の感覚が、
一瞬、消える。
だが次の瞬間、
石畳の感触が戻った。
内部は、
人工洞窟のような造りだ。
天井は高く、
淡い光源が壁に埋め込まれている。
「深呼吸しろ。
時間感覚が、
少し狂う」
羽柴の指示が飛ぶ。
生徒たちは、
言われた通りに呼吸を整えた。
さなえだけが、
変わらない。
心拍数も、
呼吸も、
入場前と同じ。
――やはり、
影響がない。
進行開始。
浅層の通路は、
広く、
見通しもいい。
だが、
油断は禁物だ。
「前方、
モンスター確認」
警備探索者が、
低く告げた。
現れたのは、
小型の魔獣。
犬に似た姿だが、
牙が異様に発達している。
――ダンジョンウルフ。
教科書で見た通りだ。
「今回は、
教師が対処する」
羽柴が前に出る。
剣を抜き、
一瞬で距離を詰めた。
鋭い一閃。
魔獣は、
悲鳴を上げる間もなく倒れた。
生徒たちから、
安堵の息が漏れる。
「見ただろう。
これが、
基本だ」
説明が続くが、
さなえの意識は、
別のところにあった。
――動きが、
甘い。
安全重視とはいえ、
剣の軌道に無駄が多い。
気づけば、
足が前に出ていた。
「三橋?」
羽柴の声で、
我に返る。
「……すまない」
一歩下がる。
だが、
その時だった。
背後の壁が、
軋む音を立てた。
「――伏せろ!」
さなえの声が、
反射的に飛ぶ。
次の瞬間、
壁が崩れ、
魔獣が飛び出してきた。
奇襲。
生徒の一人が、
反応できずに固まる。
――遅い。
さなえは、
考えるより先に動いた。
剣を抜き、
一気に踏み込む。
体格差など、
関係ない。
刃が、
正確に急所を貫いた。
魔獣は、
短い悲鳴を上げ、
崩れ落ちる。
静寂。
誰も、
言葉を発せなかった。
羽柴が、
遅れて駆け寄る。
「……今のは、
想定外だ」
視線が、
さなえに集まる。
「判断が、
早すぎる」
褒め言葉か、
警戒か。
さなえは、
剣を収めた。
「……たまたまだ」
誰も、
信じていない顔だった。
だが、
追及はされなかった。
実習は、
その後、
何事もなく終了した。
帰還ゲートをくぐる直前、
さなえは、
ダンジョンの奥を見た。
――まだ、
呼ばれていない。
だが確かに、
ここには、
剣を振るう場所がある。
現代のダンジョンで、
剣神の魂は、
静かに目を覚ましつつあった。
その自覚だけが、
胸に残っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます