第2話 少女、目覚める
――目が、開かない。
最初に感じたのは、
身体の重さだった。
全身が鉛のようにだるく、
指一本動かすのにも、
妙な抵抗がある。
「……生きて、いる?」
声に出そうとして、
喉が詰まった。
代わりに漏れたのは、
か細く、
聞き慣れない声だった。
違和感に、
意識が一気に覚醒する。
――なんだ、この声は。
ゆっくりと、
まぶたを持ち上げる。
視界に飛び込んできたのは、
見覚えのない天井だった。
白く、
柔らかな光を反射する天井。
装飾は控えめだが、
質の良さが一目で分かる。
「……ここは」
上体を起こそうとして、
思わず息を呑んだ。
胸に、
はっきりとした重みを感じたからだ。
視線を落とす。
そこには、
明らかに自分のものではない、
柔らかな膨らみがあった。
「………………」
一瞬、
思考が止まる。
ゆっくりと、
両手を見る。
細い。
指が長く、
爪も整えられている。
剣を握り続けた、
あの分厚い手ではない。
「……は?」
短い声が、
情けなく響いた。
慌てて、
ベッド脇の姿見を探す。
部屋の一角に、
全身鏡があった。
ふらつく足で、
床に降りる。
絨毯が柔らかく、
裸足に心地いい。
鏡の前に立ち、
そこに映った姿を見て、
息が止まった。
肩まで伸びた黒髪。
大きな瞳。
整った顔立ち。
どう見ても、
十五、六の少女だった。
「……誰だ、
これは」
鏡の中の少女が、
同じように口を動かす。
声も、
完全に一致している。
「……レーシャァァァァ!」
天に向かって叫んだが、
当然、返事はない。
代わりに、
扉を叩く音がした。
「お嬢様、
お目覚めですか?」
落ち着いた女性の声。
お嬢様?
首を傾げていると、
扉が静かに開いた。
入ってきたのは、
メイド服を着た中年女性だった。
深く一礼し、
微笑む。
「三橋さなえ様。
本日は体調、
いかがでしょうか」
――三橋、さなえ。
聞いたことのない名前。
だが、
その瞬間だった。
頭の奥に、
大量の情報が流れ込んでくる。
現代日本。
四星財団。
三橋家。
十五歳。
女子高生。
そして――
探索者育成学園。
「……なるほど」
呻くように呟いた。
理解したくはないが、
理解してしまった。
俺は、
転生したのだ。
しかも、
女として。
「お嬢様?」
心配そうな視線に、
咳払いで誤魔化す。
「……少し、
寝起きが悪いだけだ」
自然と、
落ち着いた口調になる。
メイドは安心したように、
頷いた。
「朝食のご用意が
できております。
身支度をお手伝いしますか?」
「……いや、
自分でやる」
そう言ってから、
一瞬、言葉に詰まった。
自分で、
できるのか?
だが身体は、
意外なほど自然に動いた。
着替えも、
髪を整えるのも、
違和感はあるが問題ない。
魂と身体が、
噛み合っていないだけだ。
――剣を握れば、
違うのだろうか。
その考えに、
胸が高鳴った。
朝食の席は、
広々としたダイニングだった。
両親の姿はない。
聞けば、
海外出張が多いらしい。
財団令嬢。
なるほど、
面倒な立場だ。
だが今は、
それよりも重要なことがある。
「……ダンジョンは、
この世界にもあるのか」
食後、
部屋に戻ってから、
再度ステータスを確認する。
――表示された。
剣神の称号。
膨大な能力値。
未発現スキル群。
「……本当に、
リセットされていないな」
苦笑が漏れる。
レーシャの顔が、
脳裏に浮かんだ。
だが、
怒りよりも先に、
武者震いがした。
現代。
新しい身体。
新しい世界。
それでも、
剣はある。
ダンジョンがある。
「――なら、
やることは一つだ」
鏡に映る少女が、
静かに目を細める。
その奥に宿るのは、
かつて剣神と呼ばれた男の眼。
三橋さなえとしての人生が、
今、
本格的に動き出そうとしていた。
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