転生剣神、少女の身体で世界と対話する

塩塚 和人

第1話 剣神、終わりと始まり


 


 ――剣を振るえなくなった時、

 それが死なのだと、

 バッカスは理解した。


 


 視界が赤黒く滲み、

 重力が何倍にもなったかのように、

 身体が床へ沈み込んでいく。


 


 ここはダンジョン深層。

 人の踏み入る場所ではない。


 


 壁に刻まれた古代文字が、

 淡く光っているのを、

 他人事のように眺めていた。


 


 胸を貫いた魔獣の爪は、

 すでに引き抜かれている。

 だが血は止まらない。


 


 剣神――

 そう呼ばれるようになって、

 何年経っただろう。


 


 無数の戦場を越え、

 剣だけを信じて生きてきた。


 


 その剣が、

 今は指先から零れ落ちている。


 


 「……ここまで、か」


 


 悔しさはなかった。

 恐怖もない。


 


 ただ、

 もう一度だけ剣を振れたなら、

 そう思った。


 


 視界が闇に閉ざされ、

 音が消える。


 


 ――そして。


 


 気づけば、

 バッカスは白い空間に立っていた。


 


 床も天井もない。

 ただ、どこまでも白い。


 


 「……死後の世界、か?」


 


 そう呟いた瞬間、

 背後から間の抜けた声がした。


 


 「あー、えっと。

 ようこそ、かな?」


 


 振り返ると、

 そこにいたのは少女だった。


 


 淡い光をまとい、

 神々しい……と言いたいところだが、

 どこか落ち着きがない。


 


 「あなたが、

 今回の転生者さんですね」


 


 「転生?」


 


 聞き慣れない言葉に、

 眉をひそめる。


 


 少女は慌てて咳払いをした。


 


 「わ、私は女神のレーシャ。

 一応、管理担当です」


 


 管理担当、

 という言葉が気になったが、

 今はそれどころではない。


 


 「俺は死んだのか」


 


 「ええ、

 きれいさっぱり」


 


 即答だった。


 


 「なら、

 元の世界に戻してくれ」


 


 バッカスは当然のように言った。

 剣を置いて終わる人生など、

 考えられなかった。


 


 しかしレーシャは、

 あからさまに視線を逸らす。


 


 「それは……無理です」


 


 「なぜだ」


 


 「世界の管理上、

 死者の復活は禁止でして」


 


 「なら、

 別の世界でもいい」


 


 即座に返す。


 


 レーシャは驚いた顔をした。


 


 「え?

 そんなにあっさり?」


 


 「剣を振れるなら、

 どこでも構わん」


 


 その言葉に、

 レーシャは腕を組んで考え込む。


 


 「うーん……

 異世界は、今ちょっと混んでて」


 


 「混む?」


 


 「ええ。

 なので……現代なら」


 


 現代。

 聞き慣れない響きだった。


 


 「魔物もダンジョンもあるし、

 剣も使えますよ?」


 


 「それでいい」


 


 即答だった。


 


 「本当に?

 条件、聞かなくて?」


 


 「構わん」


 


 レーシャは一瞬だけ笑い、

 すぐに慌てて手を振った。


 


 「じゃ、

 転生準備しますね」


 


 光が溢れ、

 視界が歪む。


 


 「えっと、

 空いてる体が……」


 


 レーシャが

 何かを探している気配がする。


 


 「これでいいかな。

 スキルは、

 今のままでいいですよね?」


 


 「問題ない」


 


 次の瞬間、

 強烈な引力に引きずられた。


 


 意識が遠のく。


 


 ――その直前。


 


 「あ」


 


 レーシャの声が、

 やけに小さく聞こえた。


 


 「しまった……

 女の子の体だった……」


 


 だが、

 もう遅い。


 


 闇に落ちる意識の中で、

 さらに追撃が入る。


 


 「……あ、

 ステータスリセット、

 忘れてた」


 


 その声は、

 乾いた笑いで誤魔化された。


 


 ――そして。


 


 眩しい光。


 


 バッカスは、

 新たな人生へと放り込まれた。


 


 自分が、

 十五歳の少女になるとも知らずに。


 


 剣神の魂を抱いたまま。


 


 世界は、

 静かに歪み始めていた。

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