コズミック学園の問題児達

文月イツキ

コズミック学園の問題児達と最強の教師

 まだこの地球で『西暦』と呼ばれる暦が使われていた頃よりも、遥か遥か、もうびっくりするくらい遠い遠い未来。

 人類は星間渡航、テラフォーミング技術を発展させ、あれよあれよと地球人類の遺伝子は銀河各地に散り、銀河規模で気持ち悪くなるくらいうじゃうじゃと人類が増えまくった『星暦』という暦が主流になった時代。


 地表の大半が海に沈んだくせに、未だにしぶとく人類が残る地球のかつては太平洋と呼ばれていた大海原に、ありえないくらいの人手と数えるのが嫌になるくらいゼロがいっぱいのお金をかけて造られた、新時代の教育の場『小中高大一貫人工大陸型コズミック学園』略して『コズ学』があった。


 コズ学は生徒総数約15億人、教員約1億人、校舎は百棟、学級は各校舎にA〜ZZZで総数1,827,800、クラス生徒、教員、職員の親族を含め72億人の人口を誇る銀河交流時代の最先端に立つ人材を育成する都市型……いや国家型の教育機関である。


「黒耀よ」

「なんだい教授」


 そんな馬鹿みたいに広大なコズミック学園の片隅にある拾番校舎の最下層ZZZクラス、さらに砂漠の砂一粒にも満たないほどのちっぽけな一角に、コズ学では圧倒的に少数派の成人した喫煙者のために学園側が渋々仕方なく設置した喫煙所で背を丸めしゃがみ込みながら自分のマルチデバイス(西暦時代的に言えばスマホ)に話しかけているのは一人の教師、コズミック学園拾番校舎ZZZ組副担任、黒野耀太郎がいた。


「毎度のことながら、錠剤タイプの食事では少し味気ない気がするのだが」

「教授がそれ気にするんだ。『精霊電子生命体』なのに」

「電子生命体でもわかるくらい、君は食に興味が無いように見えるということだ。折角地球にいるのだから、たまには新鮮な食事を試してみてはどうかね」


 黒耀のディストピってる食事に苦言を呈すのは、デバイスの中にいる人物。デフォルメされたクジラのアバター姿の地球外電子生命体『精霊』のエール教授だ。

 精霊は数千年前に地球原産人類ホモ・サピエンスと邂逅を果たし、今や人類と並ぶ地球の知的生命体として数えられている。


「この商品錠剤の売り文句は『一粒で一ヶ月分のカロリーと栄養素(たんぱく質増量)』、服用後、ゆっくりと一ヶ月かけて胃酸で溶ける仕組みになってるんだ。味気なくても、こういった製品は人類の刻んだ歴史の産物だよ」

「歴史教師らしいセリフであるな」


 黒耀こと、黒野耀太郎はこのコズミック学園における高等部の社会科目の教師だ。

 黒目にハイライトがないのが特徴的な、かつて労働者たちの屍で築き上げられた日本と呼ばれた地域の民族をルーツに持つ、根っからの過重労働者。

 現に喫煙所にいながら食事と喫煙と次の授業の準備を並行して行っているのが良い証明だろう。


「確かに素晴らしい技術ではあるし、栄養を補給するという摂食元来の目的の最適解ではあるのだろうが、料理や食の文化性という観点から見れば些か邪道ではある」

「実際、僕みたいなのは意外にも少数派だからね。西暦2000年代辺りのSFというジャンルの創作物では今みたいに科学技術が発達した世界では食文化は衰退し錠剤やらペースト状の味を度外視した栄養補給目的の食が普及する、という共通認識ミームとして浸透していたらしいけど、実際は食文化は衰退などしなかった」


 電子生命体のくせに一丁前の口を聞くエールに対し、黒耀は人間味の欠けた反応を返す。


「衣食住は人類種にとって生命維持の主目的メインコンテンツである以上、それから楽しみを除外オミットするということは生存の意味モチベーションを失うことを意味する、そう考えると、星単位で食糧難が起こらなかった以上創作のようにならなかったのは順当であるな。それゆえ、君が食に疎いのは心配になる」

「食の楽しみを分かってるかの物言いだねぇ」

「精霊差別かね? 精霊とて食事をする。君らのような物質世界の食物とは異なり、我々が食すのはネット上の情報だがね」

「情報にも味わいとかあるんだ」

「でなければ、精霊種は人類種に興味を示さなかっただろうな」


 高度に発展した情報社会を形成し、しがない人間の他愛のない日常の記録すら膨大な万年単位の記録として残り、今なお絶えず情報が生み出され続けるこの地球は、精霊からして見れば絶えず食事が湧き続ける奇跡の星であった。

 

 ゆえに精霊種は人類種が存続することを望む。ただ人類種が存在することこそが、彼ら精霊にとってメリットたりうるからこそ、二種間での共生関係が存在している。


「食をテーマに人類史の発展の流れを辿る……うん、授業に使えそうな題材だよ。うちのクラスにやたら食にこだわる子がいるから、歴史に興味を持つきっかけになるかも」

「授業の話ではなく、君の偏食についての話だったのだがな」

「ははっ、偏食は幼少期にどのような食生活を送ってきたかによってほとんど決まるんだよ。例えば夕食に菓子パンばかりだった子供は大人になっても菓子パンしか食べられないとか」

「……すまない」

「気にしてないよ」


 二人の間に気まずい沈黙が流れる。


「た、大変です! 黒野先生! エール教授!」


 重苦しい雰囲気をぶち壊すように、助けを求めるように駆け寄ってくる女性が現れた。


「今日は静かゆえ、平和な一日だと思ったのだが」

「僕はそろそろだと思ってた」


 黒耀は煙草の火を消し、息を切らしながら現れた女性、ZZZ組担任の山科教諭を迎える。


「ご苦労様です山科先生、誰が何処で何をやらかしたんです?」

「一呼吸つかせてやりなさい」

「すーはー……うちのクラスの長浜さん生物部大津さんロボ研が、竜王さん被害者を人質にとって、捌番校舎のSOS組階層にある海洋型プールで地球外来生物の巨大化実験を始めたとの連絡がありまして!」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 一方その頃、件のコズミック学園捌番校舎SOS組階層。


「うわぁぁぁぁ! な、なんだあの……巨大なザリガニは!」


 海上輸送や海防、海洋関連の専門職の強いSOS組の階層では昼休みでも琵琶湖くらいのサイズ感の海洋型プールが開放されており、一般の生徒の多くは休み時間でも海と触れ合う勤勉さを持っていた。

 それゆえに、突如として巨大ザリガニが現れた瞬間のパニックは、まさに阿鼻叫喚であった。


 特級地球外来生物、ギャラクシールビーザリガニ。元々は過酷な環境でも繁殖可能な再生可能食用生物として、アメリカザリガニを地球外環境にも適応するように品種改良された種である。

 だが、当初の想定とは大きく逸脱した進化を果たし、旺盛すぎる雑食性と人間では制御しきれない繁殖力を以て千を超える星々を他の生命が芽吹かない死の星に変えてしまった人類の脅威ともいえる化け物である。

 そして、そんなギャラクシールビーザリガニだが、本来なら大きい個体でも2m前後までしか成長しないはずなのだが、今や一見すれば建築物と誤認してしまうほどのサイズへと変貌を遂げていた。


「誰か! 早く、通報を!」

「通報って何処にすればいいのよ! 警察? 消防? 海軍本部? 学園管理委員会? それとも地球防衛軍?」

「とにかく片っ端から!」


 ただでさえ銀河にその名を轟かす化け物、それが巨大化し自らの生活圏に現れ、日常を破壊する恐怖に慌てふためき、逃げ惑う一般生徒たち。

 そんな彼らをよそに、巨大ザリガニに悠々と相対する少女がいた。


「見てみろよ小松ぅ! ルビーのように美しい甲殻の中にズワイガニの百倍以上の旨味と伊勢海老以上のプリップリの身を包み隠したギャラクシールビーザリガニだ! 捕獲レベルは……46ってとこだな」


 外界の海水浴場を模した海洋型プールの砂浜で、仁王立ちでちょっとしたビルほどもある巨大ザリガニを前に舌なめずりをしているのは、自認美食屋の少女、コズミック学園拾番校舎高等部1年ZZZ組、長浜トウコだった。


「私は小松じゃなくて竜王です長浜さん! いい加減名前を覚えてくださいよ! あと、これ絶対に怒られますよ、勝手によその学級のプールで危険生物を放流したなんて知られたら!」


 自認美食屋に勝手に料理人扱いをされ強制的に巻き込まれたのは、類まれなる不幸体質を持つ同級生の竜王まりな。本日は誘拐された時のまま簀巻きにされ砂浜に転がされている。


「安心しろよ小松! 俺がついてる! お前は俺がヤツを倒したあとどう調理するか考えといてくれよな!」

「もう少し残しておいてくださいよ、会話ができるかもしれないという希望を……」

「この世の食材に感謝を込めて……いただきます!」


 生身の肉体からなぜか金属音を発しながら、勇猛にも自分が違法に放流した巨大ザリガニに長浜は立ち向かっていった。


「くくっ、たまには馬鹿に付き合ってみるものだな、我が裏生徒会の新兵器、巨大化光線照射器の実験台として申し分ない」

「ザリガニが急に大きくなったと思ったら……あなたのせいだったんですね大津さん」

「クックックッ、大津めいるとは世を忍ぶ仮の名、私は世紀のマッドサイエンティストにして、コズミック学園裏生徒会、会長ビッグウェイブ・鎧塚だ!」

「だッッッさ」

 

 同じZZZ組高等部一年、自認裏生徒会、会長ことロボ研の大津めいるは素顔を隠すために着けた怪しげでクソダサい仮面の下で不敵に笑みを浮かべていた。


「この力さえあれば……クククッ、今回こそ奴に、奴に……泣きっ面を……いや違うな」

「吠え面をかかせてやる?」

「文系マウントをとるな!」

「悪党なのに、ナイーブだなぁ」


「ぐっ、ぐあぁぁぁぁぁ!」


 クソださ仮面に絡まれている竜王を横目に、自認美食屋は巨大ザリガニに吹き飛ばされていた。


「銃弾くらいじゃあ傷一つつかないほど丈夫な甲殻! それを避けて節狙って体内に直接攻撃を試みても、引き締まった身は刃物すら包み込むほどの強い弾力ッ! なかなかやるじゃねぇか、ルビーザリガニ! 仕方ねぇ、使うか……人間の武器を!」


 なぜか解説をしながら、傷だらけの長浜が貫手と手刀を構えると、バツン! 鼓膜が張り裂けるような音と共にルビーザリガニは甲殻ごと頭とか胴体が解体され、同時に海が割れた。

 下手人は長浜ではない。遥か上空に穿たれた、次元の孔がそれを物語っていた。


「はい終了ー! 昼休みが終わる前に自分のクラスに帰れ、問題児馬鹿ども」


 首を落とされたザリガニの胴体の上にいたのは、ぴっちりとした気密性の高そうな素材の全身スーツの上に鎧のような装甲をまとった青年だった。


「くくっ、待っていたぞ! 星海戦隊スターダイバーズ!」

「深淵だろうが捕らえて離さないブラックホール……ブラックダイバー。次元の海より緊急浮上だ」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 時間は数分前、黒曜の視点に戻る。

 まだ昼休みが始まって十分も経ってないというのに、現在地から三倍音速特急トリプルソニックライナーでも三時間以上はかかるような場所でZZZ組、ひいてはコズ学一の問題児達は良からぬことをやっているようだ。


 先日、黒耀はロボ研が開発したワープ装置の実験台にされた際に、意図的な座標入力ミスで地中深くに飛ばされたことを思い出す。

 おそらくそれを使ったのだろう。


「こういうことがあるからゆっくり昼食なんてしてられないでしょ」

「一理あるな」

「毎度のことながら、よろしくお願いします」

「気にしないでよ山科先生、僕はZZZの副担なんですから」


 コズミック学園においてZZZ組は、銀河級特待生クラスとして扱われ、A〜ZZYクラスとは一線を画した才能ある若者が所属している。

 今どき能力によるクラス分けなど西暦時代レベルの野蛮な差別主義かと思われるかもしれないが、ZZZは何も特別好待遇を受けているわけではない。


特級潜在的危険分子特待生三名、ZZZ組特別監視区域からの脱走を確認。銀河警察公安部黒野耀太郎警視正、出撃します」


 黒曜は腕に装着したスマートウォッチ型のデバイスで、上層部に報告をすると、エールとの会話に使っていたデバイスからマグネットチャージャーを取り外す。


「チェンジチャージャーセット」

『星海潜水空母エール!』

「コードネーム『黒曜』、潜航開始ダイブイン!」


 先ほどまでのいけ好かないゆるっとした優男だったZZZ組副担任の黒曜はこの場にはいない。

 そこにいるのは、ハキハキとした口調できびきびとエール教授と同調シンクロする、銀河警察公安部の黒野耀太郎警視正だった。


 コズミック学園の社会科教師は彼の一面に過ぎない、彼の本来の役目は銀河警察よりZZZ組特級問題児のお目付け役を押し付けられた「星海潜航巡廻特派戦隊」通称「星海戦隊スターダイバーズ」隊員ナンバー005、「ブラックダイバー」なのである。


「黒野先生お願いします。昼休みが終わる前には連れて帰ってきてくださいね!」

「三分で戻ってきますよ──次元潜航ディメンションダイブ


 ブラックダイバーの足元のテクスチャーが書き換わる。タイルの床だったものは一部分だけが絵に描いた落とし穴の様なものへと置き換わった。それは電子世界への入り口。

 スターダイバー、彼らは精霊電子生命体の力を借りて、物質世界と電子世界の相互通行、すなわち『次元潜航』の素養を持つ、この世でたった5人の地球人類である。


「監視カメラの映像分析完了、現実世界へのアップロード地点をマークした。どうやら、生物部が放流した地球外生物、ギャラクシールビーザリガニが近くにいるようだが」


 次元潜航、簡単に言ってしまえば空間跳躍。ネットワーク通信と同等の速度で、理論上地球であればどこでも瞬時に移動することが可能なのだ。大規模な機材、精霊やビーコンによる座標指定が必要なワープ装置とは異なり、精霊のサポートさえあれば彼らはまさに神出鬼没、どこにだって現れる。


「んじゃ、そのザリガニの直上に浮上アップロードするよ」

「了解した」


 電子化し加速した思考で準備を整える。この間物質世界では1秒も経過していない。


 マッハ3で三時間、直線距離約9,500km、おおよそ地球の四半周分の距離程度、スターダイバーにとっては一歩に等しい。


 電子世界のサイケデリックな色彩を抜け、物質世界の落ち着いた青い景色が眼前に広がる。その中にコラージュのように不自然に存在している巨大な赤も。

 

「重力戦斧テイルアックス」

「超加重断裁刃『勇魚イサナ』!」


 浮上と同時に彼の手に握られたクジラの尻尾を模した両刃の斧に地球の500倍もの重力がのしかかる。本来1tほどの斧の重量は500tの破壊力をもって巨大ザリガニの首を断つ。

 コズミック学園の建造物の耐久性を信じつつも、下の階層へ刃が通らないよう細心の注意を払って振り下ろされた破壊の裁断は、海洋プールの水面もろとも割断していた。


「はい終了ー! 昼休みが終わる前に自分のクラスに帰れ、問題児馬鹿ども」


 これが、黒耀、もといブラックダイバーが問題児達の前に現れるまでの経緯である。


「人の獲物を横取りするたぁ、いい度胸してるじゃねぇかスタージュン!」

「お前の兄貴になった覚えはねぇよ、そもそも、お前は美食四天王でもねぇ」


 長浜は指をパキパキと鳴らしながら、悠然とスタージ……ブラックダイバーに近寄る。


「さて、GTロボだったか……」

「ジュエルミート横取りしに来た時のスタージュンでもねぇよ、変身してるから見た目違うけど」

「いつも人間だけだな……俺を本気で怒らせるのは……!」


 心なしか、長浜の腕が肥大化しているように見える。

 

「15連……釘パン──」

「終了だって言ってんだろ」


 長浜が今出来る最大の釘パンチを放とうとした瞬間、ブラックに触れるまでもなく砂浜に膝をつかされる。


「お前にかかってる重力を10倍にした」


 スターダイバーズの5人は次元潜航の他にそれぞれ物質世界で使える固有の能力を持つ。

 ブラックの固有能力は『重力』

 宇宙という無重力空間が主戦場であるスターダイバーズにおいて、味方には力強く踏み込むための大地を、敵には光ごと存在すら呑み込むブラックホールを与える。


「体が重てぇ、これがグルメ界の環境ってことか……!」

「もうそれでいいから、しばらくそこで大人しくしてろ」


 続いてブラックは竜王を人質に構えたロボ研の裏生徒会長ビッグウェイブこと、大津に目を向ける。


「くくっ、これ以上近づくなよブラックダイバー」

「うぅ……助けてください」


 卑怯卑劣な大津は縛られている竜王人質のこめかみに自作の光線銃を突きつける。


「随分と御大層な手段を取るんだなぁ、流石は将来有望な悪の大総統」

「ただでさえ強いくせに皮肉を使うんじゃない!」

「口が上手くなりたいなら、ちゃんと授業を受けなさい」


 ブラックはほんの一瞬だけ小さく微弱なブラックホールを生み出しピンポイントに光線銃だけを圧壊させる。


「パワータイプのクセに、猪口才なッ!」

「歴戦の戦士なもんで」


 小器用な技を使うブラックに大津は悪態を吐くが、歴戦の勇士は口を動かしながらも次の仕事を完遂していた。

 大津の腕の中にいた人質を手早く回収し、怪我をさせないくらいの力加減で卑怯者を加重力で地面に縛り付ける。


「た、体罰だぁ」

「都合の良い時だけ生徒の身分を持ち出すんじゃあない」


 宣言していた三分よりも早く問題児二人の無力化に成功し、一応は人的な被害は出ていないことを確認したブラックは、拾番校舎のZZZ組特別監視区域への押送を手配し始める。次元潜航は適正のある黒曜しか運べないので、こういう時ばかりは一般的なワープ装置に頼らざるを得ない。

 

「ぐすっ、ありがとうございますぅ、本当に……ザリガニに頭からむしゃむしゃされるかと思ったら、光線銃で脳みそを焼かれた方がマシかと思ってましたぁ……!」

「追いつめられた人間はマシな方の死に方を求めるのか……」


 解放されたことでようやく括弧書きから『人質』の文字が消えた竜王は泣きじゃくりながらブラックに感謝を述べる。


「くくくっ、これで私を止められたと思っているのか?」

「ひっ……! 大津さんまだ負けを認めてないんですか⁉」


 竜王がまだ策がある雰囲気を出してる大津にビビっているのか、無様に地面に伏しているのに格好をつけようとしている滑稽さにビビっているのかは分からないが、ブラックは薄々そんな気がしていたようで、うんざりしたようなため息を吐く。


「私はあの自称美食屋の狂人の趣味に付き合って、ザリガニなんかを解き放ったわけではない。これこそがブラックダイバー、貴様を葬り去る最大の策だからだ!」


 海洋プールから一つ、二つ、三つ……両手で数えるのが面倒になるほど次から次へと津波のような水しぶきが上がる。


 そして、水のベールが剥がれたそこには──無数の巨大ザリガニ。


「くふふッ、くくくっ、くーはっはっ! 一匹のザリガニと一人の狂人ごときで貴様を倒せるわけがないことは最初から分かっていた! だが、これだけの数! たった二匹のザリガニを放っただけで、この繁殖力! プールの中は巨大ザリガニの飽和状態といっても過言ではない! もはや首謀者である私でもその全体数は計り知れない! さあ、地球と共に滅びるがいい、スターダイバー!」


 数多の星を壊滅させた生物の増殖と放流、さらには巨大化。このまま野放しにしていれば、いずれ地球はザリガニによって数多の星々と同じ末路を辿ることになるだろう。そうなってしまえば銀河のどのどの法でも彼女たちを擁護するものは存在しない。


 辛うじて、まだ人的被害は出ていない。


 ヒーローとしてブラックはこの事態を収め誰一人の犠牲を許容してはならない。

 彼女たちの副担任として黒耀は取り返しのつかない過ちを犯す前にその深淵から引き揚げなくてはならない。


 両者の義務は矛盾しない。


「星海潜水空母エール、浮上アップロード!」

『了解した!』


 スターダイバーが物質世界から電子世界への相互通行が可能なのだとすれば、そのパートナーに選ばた精霊もまた、同様の素質がある。


 空を覆う電子世界との境界、そこから現れるのは巨大ザリガニを遥かに上回る巨大なふね


 宇宙を漫遊する鯨。そんな姿を彷彿とさせるそれは、スターダイバーズが宇宙を航海する為に建造された大型星海潜水母艦。そして、そこに意識を映したエール教授である。


「重力発生エネルギー出力0.0001%、力場範囲縮小調整、この階層だけに影響を抑えるのは少々骨が折れるな、今のこの身は船ゆえ骨が折れては立ち行かんのだが」

「ごめんツッコんでる余裕ないかも」


 いつの間にかブラックは次元潜航でエール教授の甲板に降り立っていた。次元潜航を連続して使ったからか心なしか息が上がっているようにも見える。


「余裕か……確かに、かつては五人のダイバー、五体の精霊の絆で巨悪に対峙していた我らが今や二人で、孤軍奮闘する日がくるとはな」

「……大丈夫。生徒が誤った方向へ進もうとしているのなら、別の方向を示してあげるのが先生の役割だから」


 エールの言葉に返すのはそこにはヒーローとしてでも教師としてでもない、ただ一人の黒野燿太郎だった。


「仲間のいないお前に何が出来る、ブラックダイバー!」

「いなくなっても、彼らの光は海底で瞬いている」


 深く息を吸い込む。海に潜り始めるその瞬間のように。


「僕らが深く潜るのは、光の届かない深海から、正しい方向を指し示す導の光を灯すため、誰もが再び太陽の下に辿り着けるようにするため」


 艦首のクジラの口に当たる部分が開き、艦船状態の教授の主砲が露わになる。


「星を呑め──『大鯨モンストロ』」


 ブラックの『重力』をエールが調整する。 

 それは星を圧壊させ得るブラックホールの一端。星を一呑みする重力の塊。その莫大な力の流れから零れ落ちたほんの数百万分の一の滴が、不気味な赤に埋め尽くされた海水を瞬く間に呑み込んでしまう。

 先ほどまで海水で満たされていた場所には、黒い戦士と巨大な舟、そして、ビー玉ほどに圧縮された海とザリガニのミックスジュース。それ以外は何もない。


「ザリガニの駆除は池の水ごとが基本だからさ」


 スターダイバーズ。かつて地球を滅ぼさんとする百億の巨悪の前に立ち塞がり、たった五人と五体の全力、そして、四人と四体の犠牲を払い地球を救った英雄たち。

 五分の一になったとしても、その名は児戯如きでは傷一つつけられはしない。


「帰るぞ」

「……うぅ、今日こそ倒せると思ったのに……!」

「人に迷惑かけない範囲で頼むよ」


 そうして、ブラックは宣言していた三分……に少し足がかかってしまったが、問題児たちの空騒ぎは幕を閉じた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「スタージュン! てめぇ……グルメ時代の授業をしないつもりか!?」

「西暦の範囲にグルメ時代は存在しないよ。あと僕はスタージュンではありません」

「先生、竜王さんが何者かに誘拐されました。捜索に行かれてはいかがでしょうか?」

「情報提供ありがとう大津さん。僕を教室から追い出したいんだろうけど、現在進行形でエール教授が彼女を攫った自律駆動型のロボットをハッキングしてこっちに連れ戻してくれてるんで心配には及びません。それよりも、僕としてはこの場にいないだけの竜王さんを『誘拐された』と貴方が断定できたのかが気になるんだけど」

「やっべ」


 そうして、何事もなかったかのように昼休みを終えて五限目は始まる。


「では、せっかくなので西暦時代の食卓の変遷から、当時のくらしを読み解いていきましょう。大津さん、この場にいない竜王さんの分もノートを取っておいてください」

「そんなことよりスタージュン、小松が調理してくれたギャラクシールビーザリガニのメテオガーリックシュリンプ、お前も食えよ!」

「食事は昼休みの内に摂っておきなさい」

「なに言ってんだよ、今回ルビーザリガニを捕獲したのはお前じゃねぇか『殺したなら食う、食わないなら殺さない』だろ? お前が海とザリガニを圧縮して調理したザリガニのスープビスクも旨味特濃でめちゃくちゃうめぇ!」

「海産物……巨大化と言えば、次はイカかタコだな。どうせ後で食材にするし」

「授業中だよー、はぁまったく」


 いつの間にか授業そっちのけでザリガニパーティーが開催されていた。

 これがコズミック学園の問題児にして、将来人類を脅かす可能性を秘めた問題児たち、そして、彼女らの善性の種を育む銀河最強の戦士、黒野耀太郎の日常。


「いいから、とにかく食えって」

「しょうがないなぁ」


 こうして黒耀が食事らしい食事をするのはいつ以来だろうか、まだ、かつての仲間と宇宙で生活を共にしていたころだろうか。

 

「……」

 

 彼の表情が小さく揺れた。


「な、死ぬほど美味ぇだろ?」


 彼が見守る種がどのように芽吹くのか、それを彼が拝める日はおそらく来ない。


 度重なる電子世界と物質世界の相互通行、代償が無いわけがなく、彼が電子世界から物質世界へ戻る度に肉体はすり減り、まもなく限界を迎えようとしている。


 残された時間は三年。


 これは、問題児達が卒業するまでの、そして、黒耀がこの世界に最期に何かを残すための物語だ。

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