近所のパチ屋で『86』が1パチに降りてきたので一万持って打ちに行ったらタダで遊べた上にセブンスター9個になったのでウキウキ侍です。
そんなことより、今、自分の作品の各話毎の文字数見てたら3000割ってるのが一話もなかった。あまりに過密、WEB小説初心者かよ。
まあ、その辺はある程度織り込み済みではあるので置いておくとして。
昨日から引き続いて、自分の作品『七瀬二羽は許さない』についての話。
こちらの作品は『カードゲーム』を題材に選んだ理由は、前回取り上げた理由の他に、自分にとってそれなりに理解が深いジャンルだと自負しているのもある。
そして、私にとっては前回のWEB小説媒体のキーワードに当てはめやすい。
『スキル』……カード効果と読み替えることができる。これならどういった効果が強いのか、あるいは弱いのか、私からすれば分かりやすい、逆に、使い方が分かりにくい効果なんかも作りやすい。面白い効果などを考えるのも楽しい。オリジナルゲームを考えたりするのは大変だけど面白いし好きなものを題材にしてるからモチベーションも維持しやすい。
『最強・最弱・ランク』……これもカードゲームに落とし込めば分かりやすい。現実でも単純な攻撃力だけでなくインチキ効果レベルの見るからに最強を名乗っていいカードはよくあるし、最強カードに対するカウンターカードの存在などもドラマ性があるし、最弱級のカードを一線級に引き揚げる戦いも盛り上がるのは『遊戯王5Ds』が証明済みだ。
ランクもレート戦やランクマッチなど身近なものに置き換えることも出来る。
『転生』……については言わずもがな、そうだね『転生炎獣』だね。
冗談はさておき、カードゲームはオカルトとの親和性や儀式的な側面もあったりルール厳守であるところからも宗教ネタであったり、魔術や蘇生なんかとも搦めやすい。ちなみに『生まれ変わる』という言葉の再定義として『遊戯王VRAINS』に登場する『転生炎獣』の使い手ソウルバーナーの話はあまりにも美しいので全人類ご視聴しろ。
ついでに余談ではあるが、転生に近いものでいうと、私が好きな概念で『アタシ再生産』がある。全人類『少女☆歌劇レビュースタァライト』もご視聴しろ。皆をスタァライトされちゃって来い。
といった理屈でカードゲームを題材に選んでるわけだが、前回の最後にも記載したが、今回の本題は『小説×カードゲーム』の相性の悪さ、それにどう向き合うべきか。
小説との相性の悪さは、カードゲームのルールや裁定、カードテキストなど、また効果処理などを全て文章で表現しようとすれば、小説ではなくただの試合の流れのレポート、将棋の棋譜のようになってしまうし、ガチで序盤の一稿時点では今とは比にならないレベルの文字数過密にも関わらず物語の展開が非常に遅くなってしまった。
最初に思いついたのは『転生ネタを利用する』こと。全く知らないカードゲームに巻き込まれた主人公が初見でカードゲームのルールを理解していく過程を描き、読者と理解を共有するやり方。
……残念ながらそのネタは使えない。記憶喪失の主人公が自分だけが知らないカードゲームのルールを解き明かす『鏡のマジョリティア』というフリーゲームがすでに存在している。
というかこの手法はWEB小説に向きそうにない。
そこで私は考えた。
設定上厳密なルールはあるけど、登場人物たちがそれを熟知しているのなら、ルールについての解説は最低限でいい。というか究極しなくていいと。
『どうだルールが全然ピンと来ねぇだろ』の精神でごり押す。まさにルールが全然直感的でないけど面白い『ジャンケットバンク』がこの手法を使っている。
「Show, don't tell」語らずに示す。これはこれまでの私が最も苦手としていた部分であり、鍛えなくてはならない技術。
であるならば、これほどうってつけもないだろう。
私はこの作品を書くにあたって乾石智子先生の『オーリエラントの魔道師たち』を読み込み参考にした。この作品は、世界観や用語を極力語らず、登場人物たちは魔法がある世界で不思議な世界で生活している様を見せることに注力していた。
その結果、まるで、作中世界で出版されている小説を現代日本に訳したかのような質感があった。ファンタジー世界の人間ドラマに重点を置いた作品であり、私が目指す小説の在り方だった。
もし、この日記を読んで少しでも興味が湧いたのなら、未熟な私の渾身の作品『異端審問官:七瀬二羽は許さない(略)』を読んでみて欲しい。
カードゲームに興味は無い読者にも『面白い』と言わせるように書いたつもりだ。絶対に後悔はさせない。