最終話 エレシュキガル

あのクーデターは、音もなく行われた。


陽健洋が処刑場に消えた後、海東民国の資源権益は、新たな軍事政権の手によって、今度はアメリカ資本へと再編された。


江間角一家は、もはやその地に留まることはできなかった。


採掘権を得た外資系企業によって農地は接収され、豊かな山は削り取られた。


「お父さん、どこへ行くの?」


成長した子供らが尋ねる。


江間角は、かつての笑顔を失った顔で答えた。


「海の向こうだ。あそこなら、家族が食っていける仕事があるらしい」


碧江の川には、化学物質の混じった濁った水が流れている。


国家という巨大な装置が、資源という呪いに飲み込まれて消えても、人々はただ、生きていくために歩き続けるしかなかった。


海東民国の資源は外資によって吸い上げられ、国には荒れた山肌だけが残った。


本貞寛は、古びた役所の窓から、かつてよりも汚れた碧江を眺めている。


イギリスに亡命した礼来楽は、自分の発見を悔いながら遠い異国で研究を続けている。


そして、土地を奪われた江間角一家は、出稼ぎのためにシンガポールへ向かう船の上にいた。


国家は滅びた。


だが、人々の生活だけが、何事もなかったかのように続いていった。


海東の地中深く眠る資源は、人々に破滅と死をもたらす「エレシュキガル」であった。


(完)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エレシュキガル 無邪気な棘 @mujakinatoge

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画