第2話 リスからの同情と、礼儀正しい死体
異世界の森に、俺の悲痛な叫び……ではなく、期待に満ちた声が響く。
「よっしゃあああ! キタコレ異世界転生!」
俺、霧雨神(ジン・キリサメ)は、誰もいない森の中でガッツポーズを決めていた。
死に方は最悪だった。神様の「ながらスマホ」でビルから転落死。
ステータスも最悪だ。ALL1に、運はマイナス53万。
だが、俺にはこれがある。
腰に巻かれた、茶色い革製のカバンだ。
「ふっふっふ……分かってるぞ神様。なんだかんだ言って、詫びアイテムは最強なんだろ?」
俺はニヤリと笑う。
いわゆる『アイテムボックス』とか『無限収納』ってやつだ。
見た目はボロいポシェットだが、中身は亜空間に繋がっていて、城だろうが戦艦だろうが無限に収納できる。さらに中の時間は停止していて、アツアツのピザも腐らない。
なろう系小説の鉄板だ。これさえあれば、商売をして億万長者も夢じゃない。
「さーて、まずは容量の確認だ。ステータスオープン! とか言わなくても、念じるだけでいいのかな?」
俺はカバンの口をガバッと開けた。
「収納(インベントリ)! ……あれ?」
反応がない。
カバンの中は薄暗くてよく見えない。
「言葉にするタイプか? 『収納』! 『ボックス』! 『四次元』! 『の◯太のくせに生意気だぞ』!」
シーン。
森の静寂が痛い。
「おかしいな……。あ、そうか! 中を覗けばウインドウが出るとか!」
俺はカバンを両手で持ち上げ、太陽の光にかざすようにして、下から覗き込んだ。
その瞬間、俺の目はカバンの「底」にあるはずの光景を捉えた。
「おおっ……!?」
そこには、どこまでも広がる澄み渡った青空が見えた。
白い雲が流れ、鳥が優雅に飛んでいる。
「す、すげえええええええ!!」
俺は身震いした。
これだ。これこそが異世界ファンタジーだ。
カバンの中に「空」が入っているなんて、どれだけの魔法技術が使われているんだ。無限の広がりを感じる。このカバン一つで、俺は世界を掌中に収めたも同然――。
「……ん?」
俺はカバンを顔から離し、横に向けた。
向こう側の木が見える。
カバンを顔に戻す。
空が見える。
俺はゆっくりと、自分の手をカバンの口から突っ込んだ。
手は抵抗なく進み、そして――反対側からスポッと突き抜けた。
「…………」
俺は無言で、腕に「輪っか」のように通されたカバンを見つめる。
まるで、巨大なちくわを腕にはめたようだ。
「ただの筒じゃねえかああああああああッ!!」
俺の絶叫(ツッコミ)が森の鳥たちを一斉に飛び立たせた。
底がない!
亜空間とか無限収納とか以前に、物理的な底布が存在しない!
これじゃあ、1円玉ひとつ入りゃしねえ!
「ふざけんなあのクソ爺! これ腹巻き以下のゴミだよ! ただのファッションアイテムだよ!」
俺はカバンを地面に叩きつけようとして、やめた。
唯一の装備だ。これを捨てたら、俺は本当にただの「変な服着た遭難者」になってしまう。
「……あいつ、いつか絶対、殺す」
俺は異世界に来て早々、あっさりと神殺しを宣言した。
◇
とりあえずカバン(筒)を腰に巻き直し、俺は森を彷徨っていた。
喉が渇いた。腹も減った。
ステータスALL1の肉体は貧弱極まりなく、10メートル歩くごとに息切れする始末だ。
「はぁ……はぁ……。水……コーラ……タピオカ……」
その時、視線を感じた。
ふと見上げると、近くの木の枝から、一匹のリスがじっと俺を見下ろしている。
フサフサの尻尾を持つ、愛らしい小動物だ。
「ん? なんだ、お前も俺を笑いに来たのか?」
俺はやさぐれた声で話しかける。
リスは逃げることなく、スルスルと幹を降りてきて、俺の足元までやってきた。
そして、つぶらな瞳で俺の顔をじっと見つめ、次に腰の「底抜けカバン」に視線を移す。
(……チッ、チッ、チッ)
リスが、小さく首を横に振った気がした。
え、今の舌打ち? いや、哀れみ?
リスは頬袋をもごもごと動かすと、中から唾液で濡れたクルミを一つ取り出し、俺の薄汚れた掌にそっと置いた。
「え、くれるのか?」
俺が驚いて尋ねると、リスは俺の膝に手をかけ、器用に肩まで駆け上がってきた。
そして、小さな前足(肉球)で、俺の肩をポン、ポンと優しく叩いたのだ。
至近距離で見るその瞳は、雄弁に語っていた。
――『強く生きろよ、人間』と。
「……」
リスは一仕事終えたような顔で木に戻り、最後に一度だけ振り返って、切なげなため息をついて森の奥へ去っていった。
「……おい待て。俺、野生動物に『可哀想な奴』って認定されてねえか?」
同情された。
異世界初のコミュニケーションが、リスからの施しってどういうことだ。
俺は複雑な気持ちで、少し湿ったクルミをポケットに入れた。
これが俺の全財産だ。泣ける。
すると今度は、足元の地面が黒くざわつき始めた。
見れば、数十、いや数百匹のアリの大群が、列をなして俺の方へ向かってくる。
(うわっ、次は虫かよ……噛まれたら死ぬぞ、俺の防御力1だし)
俺が後ずさりしようとすると、アリたちは俺の靴の周りでピタリと止まった。
そして、先頭集団のアリたちが掲げていた「何か」を、俺のつま先に恭しく供え始めたのだ。
よく見るとそれは、千切れたハエの羽や、干からびたミミズの死骸、謎の幼虫の足だった。
『『『我らが王よ! 至高の供物を! 我ら一族の全財産を捧げます!』』』
アリたちのそんな思念が聞こえるわけもないが、雰囲気で分かってしまった。
こいつら、俺を何か「偉大なる捕食者」か何かと勘違いして、貢ぎ物を持ってきやがった。
「いや、それは要らん! 流石にそれは食えん!」
俺は全力で首を振り、手を横に振って拒絶の意思を示した。
すると、アリたちは雷に打たれたように一斉に硬直した。
触覚が激しく震えている。
『要らないだと!? これほどの最高級のミミズを「ゴミ」だと仰るのか!』
『なんて高尚な御方だ……! 我々のレベルが低すぎたんだ!』
『腐った肉など口にしない、気高き存在……!』
『申し訳ありません! 出直してまいりますー!!』
ザッザッザッザッ!
アリたちは慌てて供物を回収すると、軍隊のような統率力で、蜘蛛の子を散らすように去っていった。
後には、俺の靴に残ったわずかな土汚れだけ。
「……なんなんだ、この森の生き物は」
俺は頭を抱えた。
スキル【勘違い】。その効果は、人間以外にも適用されるらしい。
俺は底の抜けたカバンを虚しく揺らしながら、再び歩き出した。
◇
それからしばらく歩くと、森が開けた場所に道が見えた。
同時に、金属がぶつかり合う音と、爆発音が聞こえてきた。
「ん? 誰かいるのか?」
俺は茂みに身を隠し、恐る恐る様子を伺った。
そこには、異世界転生ものの王道とも言える光景が広がっていた。
一人は、輝く銀髪をなびかせた美女。
白い騎士服に身を包み、細身の剣を構えている。顔はアイドル級に可愛いが、目が座っている。
対するは、身長2メートルを超える禍々しい男。
全身黒い鎧に身を包み、手には巨大な戦斧。どう見ても魔王軍の人だ。
「魔王軍ね、あなた幹部なのね。名乗りなさい」
美女――メリルが凛とした声で言い放つ。
おお、カッコいい。
「ククク……よくぞ……」
「私の名前はメリルよ。さあ名乗りなさい」
「だから、わた……」
「人間とは口を聞きたくないのね、この無礼者!」
「お前が黙れ! 喋らせろよ!!」
鎧の男が悲痛な叫びを上げた。
えっ、なんか可哀想。
「コホン、よくぞ聞いてくれた! 私は魔王軍第7師団第4課所属、席次1万9283番目の大幹部だ!」
「半端ねえな!」
思わず茂みの中でツッコんでしまった。
1万9千って。甲子園の観客席かよ。絶対雑魚じゃん。
「席次など関係ない! 貴様の首、貰い受ける!」
「望むところよ! 我が剣技、受けてみなさい!」
幹部が斧を振り上げ、メリルが剣を構える。
一触即発。
巻き込まれたら死ぬ。逃げよう。
俺は匍匐前進でその場を去ろうとした。
だが、運命(不運)は俺を逃さない。
「痛っ!」
地面から突き出た木の根っこに、思い切り膝をぶつけた。
反射的に体が跳ね上がり、俺の足が目の前にあった小石を蹴り飛ばしてしまった。
「あ」
ポーン。
情けない音を立てて飛んでいった小石は、吸い込まれるように戦場へ。
ポスッ。
大見得を切って必殺技を放とうとしていた幹部の、眉間のど真ん中にヒットした。
「ん? なんか飛んで……」
幹部が集中力を乱し、一瞬だけ視線が泳ぐ。
そのコンマ一秒の隙を、剣聖は見逃さなかった。
「今だ! 剣技【不意打ち】!!」
「技名が卑怯――ギャー!!」
ズバアアアン!!
メリルの神速の一撃が、幹部の体を斜めに切り裂いた。
鮮やかな決着。
いや、【不意打ち】って宣言して斬る主人公どうなんだ。
「……ふぅ」
戦闘が終わり、俺はおずおずと茂みから這い出した。
逃げようとしたが見つかった以上、挨拶くらいはしておかないと怪しまれる。
そこには、剣を納めたメリルと、血を流して立ったままの幹部がいた。
「あのー、すいません。さっき石、当たっちゃいました?」
俺が申し訳なさそうに尋ねると、瀕死の幹部はゆっくりとこちらを向いた。
その顔は、なぜか穏やかだった。
「あ、いえ……当たってませんよ……」
「そっか、よかった」
俺はホッとして胸をなでおろす。
「でも、なんか凄い血が出てますけど? 大丈夫ですか?」
「はい……ちょっと、致命傷を負っちゃいまして……」
「そうですか。それは大変だ」
俺は深く考えず、近所の人への挨拶感覚で言った。
「お大事にしてください」
すると、男は瀕死の体で背筋をピンと伸ばし、衣服の乱れを直し、綺麗な姿勢で頭を下げた。
「ご丁寧に……どうも……」
ズドン。
丁寧なお辞儀をした勢いのまま、男は地面に顔面から倒れ伏し、ピクリとも動かなくなった。
死んだ。
すごく律儀に死んだ。
「やったわ。強敵だった……」
剣聖メリルが、荒い息を吐きながら汗を拭う。
そして、獲物を狙う鷹のような鋭い視線を、俺に向けた。
カツ、カツ、カツ。
軍靴の音が近づいてくる。
彼女は俺の目の前まで来ると、その美しい顔を近づけてきた。
「石を投げたの、あなた?」
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勘違いだらけの異世界転生生活 〜スキル【勘違い】だけで何をしろと? 最弱なので助けてください〜 杜鵑 @black_spider_venom
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