第12話 「せまりくる黒い影」

戦争を知らぬ世代に艦隊戦を語るのは、正直やっかいだ。

だが、荒削りの胴体と翼を組み合わせる航と響の指先を見た瞬間――

誠には、それが上空から迫りくる爆撃機の黒い影に重なって見えた。


「……そうだな。空から見たほうが、話が早いかもしれん」


ぽつりとつぶやき、誠はゆっくりと語りはじめる。


「これはな、救助されたアメリカ爆撃員から聞いた話だ」


熱帯雨林の湿気が肌にまとわりつく、蘭印方面の基地。

昼前の滑走路は照り返しで白く揺らぎ、空気そのものが歪んで見える。


プロペラの唸り、若い整備兵たちの怒号。

TBDデバステーターが魚雷を抱え、離陸の順番を待つ。


『こちらウェーブハンマー・ワン、雷撃中隊先頭機。

離陸準備、全機完了』


低く響く通信。振動に合わせ、主翼下の魚雷がわずかにきしむ。


『ウェーブハンマー・ワン、進路二三五ダイレクト。離陸を許可する。

上昇後、高度三千、進路二八〇へ』


白煙を引きながら、デバステーターは滑走路を駆け抜け、空へ舞い上がる。


機首を慎重に上げた先頭機に、後席から声がかかる。


「空母1、戦艦4、巡洋艦1……駆逐艦と補給艦が30隻以上らしいぞ」

ロバート雷撃員が報告する。


「今日はずいぶん獲物が多いな、ジェームス」

ウィリアム後方機銃員がつぶやく。


「相手も本気だ。今日は雲が低い。隠れながら接近する。後続はついてこい」


ジェームスは短く応じ、胸ポケットからそっと写真を取り出す。

黒髪の女性の横顔。


「……因果なものだな。お前の祖国の船を攻撃することになるとは」


「ロバート、そろそろ雲を抜ける。雷撃準備」


雲間を抜けると、視界いっぱいに日本艦隊が広がった。

大型巡洋艦の前を、駆逐艦コルテールが横切るように砲撃戦を仕掛けている。


「いかん! そいつは戦艦じゃない、重巡洋艦だ。丁字戦を仕掛けるな!」


ジェームスが焦って呼びかけると、本部から無線が割り込んだ。


『作戦本部より入電。コルテールと交戦中の艦は――』


『It’s HAGURO!!』


重巡洋艦・羽黒が艦首をコルテールに向け、魚雷を次々に発射。

水柱が立ち、コルテールは真っ二つに折れて轟沈した。


「くそ! コルテールが食われた。あいつの横に回り込むぞ! 

ウェーブハンマー2、3、続け!」


ジェームスは機体を反転させ、羽黒の横方向に射線を合わせる。

その瞬間──


「後方から96式戦闘機接近! ウェーブハンマー2を狙っている!」


僚機が横転しようとしたところに、機関砲弾がめり込み、

黒煙を吹きながら海へ没した。


「なんてことだ! 海面すれすれだ! 低空なら狙いづらい!」


デバステーターは海面を滑るように飛行し、雷撃地点が迫る。


「羽黒! その腹にぶち込んでやる──Torpedo away!!」


魚雷が海へ吸い込まれる。

羽黒艦橋では怒号が飛ぶ。


「雷撃跡に正対! 第二戦速、進路二二〇! 取り舵いっぱい、ヨーソロ!」


「よし、そのまま。進路二一〇、維持して退避!」


巨体とは思えぬ見事な回避。

ジェームスは悔しげに叫んだ。


「あの巨体でよけやがった……化け物かよ」


雷撃を終え、機首を上げようとした瞬間──

別の僚機のエンジンから白い筋が引かれた。


「やられた! 96式だ! 上空で待ち構えてやがった! 

ウェーブハンマー3、退避!」


96式戦闘機がジェームス機の斜め上空につき、

獲物を狙う鷹のように目を光らせる。

逆落としで襲いかかり、機体が断続的に燃料を吹く。


「まずい! まずい! まずい!」


ウィリアムは後方機銃を連射するが、弾は全く追いつかない。

次の瞬間──反転して急降下に入ろうとした96式が、突然火に包まれた。

硝煙の向こうから巡洋艦デ・ロイヤルが姿を現す。


「味方の巡洋艦だ、助かった!」


だがデ・ロイヤルも、各所から黒煙を上げている。

船体の陰から、羽黒がゆっくりと不気味な影を伸ばす。

全砲塔が、デ・ロイヤルに狙いを定めた。


第一砲塔──。

鋼鉄の箱のような砲塔内部で、照準器を睨む若い砲手、村上誠が叫ぶ。


「……とどめだッ! 第一砲塔、撃てぇぇッ!!」


轟音。砲塔が震え、主砲が炎を噴き、大気を叩き割る。

甲板全体が震動し、装填手の足元に積まれた薬莢が跳ねる。


羽黒の砲弾がデ・ロイヤルの側面をえぐり、鉄と炎が飛び散った。

白煙が渦を巻き、巡洋艦は炎に包まれていく──。


ジェームスは機体の燃料計を見た。

燃料漏れで残量は2割。基地までは帰れない。不時着水すればサメの餌食だ。


「……朱音。すまない、どうやら帰れそうにない」


「ロバート、ウィリアム、行きがけの駄賃だ、行くぞ!」


「ラジャ。12.7mmの豆鉄砲だが、敵艦長に挨拶してやれ。目にもの見せてやれ、ジェームス」


後部第2対空砲──佐飛秀樹は静かに照準を合わせる。

(……誠が言っていたな。“相手の嫌がることをしろ。罠を張れ”と)


「悪いが視界から消えてもらう。俺にも守るものがいる」


艦橋の横手前あたりを狙い、時限信管をセットする。


ジェームスが羽黒の艦橋に機関砲を発射しようとした瞬間、

目の前の大気にどす黒い爆発が広がった。

衝撃でキャノピーを止めるボルトが弾け飛ぶ。


「ジェームス、キャノピーに注意しろ!」


頭を引く前に外れたキャノピーが襲い、ジェームスの意識は暗転した。

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