第3話「計略」

ドゥドマスタンは、歴史の中で何度も攻められてきた国である。

だが、その記録をいくら読み返しても、壮絶な会戦や英雄的防衛戦はほとんど見当たらない。


彼らは、まともに戦ったことがなかった。


侵略者が来れば、門を閉ざす代わりに年貢を差し出した。

軍旗が翻れば、それに倣って言語や服装を変えた。

新しい法が布告されれば、古い掟は静かに棚に収められた。


外から見れば、従順で、主体性のない国だった。


しかし、それは常に表向きの姿である。


侵略者が最盛期にある間、ドゥドマスタンは何もしない。

ただ耐え、学び、記憶する。

やがて、大国が疲弊し、内紛を起こし、力を失い始めたその時――

彼らは、ほんの小さな「手入れ」を行う。


それは軍ではない。

反乱でもない。

たった一人の要人が、ある夜を境に姿を消す。

それだけで、歴史の流れは音を立てて変わる。


その役割を担ってきたのが、

ドゥドマスタンの国教、イスラム教ティルミズ派の教団であった。


彼らは剣を掲げない。

名を名乗らない。

自らを「裁く者」とも「戦士」とも呼ばない。


彼らはただ、

*「時が満ちたことを告げる者」*に過ぎない。


1941年当時、その頂点に立つ道師は

アルマナファド=アル=サミットであった。


沈黙を尊び、語るときは最小限。

彼の周囲では、命令という言葉すら用いられなかった。

弟子たちは、視線と間合いだけで動いた。


表向き、教団は政治から距離を保っていた。

だが実際には、ドゥドマスタン人民民主社会党と、

見えない糸で結ばれていた。


書記長アルマリク=アル=アフマールは、

夜毎、礼拝の形を借りて教団の使者と会った。

そこでは、思想も革命も語られない。


語られるのは、

「嵐はどこまで来たか」

「雲は厚いか」

「風向きは変わりつつあるか」


そしてもう一つ――

国王は、生きているか。


答えは常に同じだった。

「守られている」


アルム=カームは、名を捨て、姿を消し、

一人の修行者として匿われていた。

彼は命令を出さない。

判断もしない。


ただ、そこに存在する。


それで十分だった。


ソビエトという巨大な嵐は、

今まさにドゥドマスタンの上空を覆っている。

だが、この国は知っている。


嵐は、永遠には続かない。


ゆえに、動かない。

抗わない。

祈り、待つ。


――動かざること、山のごとし。


それが、

この国が何世紀にもわたって生き延びてきた、

唯一にして最大の計略であった。

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