第2話「演技」
ソビエト赤軍の駐留は、当初は驚くほど静かなものだった。
兵舎は郊外に設けられ、兵士たちは命令に忠実で、街に深く立ち入ろうとはしなかった。
しかし、静けさは長くは続かなかった。
モスクワから、新たな人々が到着したのである。
赤軍の制服とは異なる、整いすぎた外套を着た男たち――NKVDの関係者と、ソビエト共産党の政治将校であった。
彼らは兵舎よりも、役所と学校を好んだ。
地図よりも、人名録に関心を示した。
「この国は、遅れている」
「封建的だ」
「人民は解放されねばならない」
そうした言葉が、通訳を通して繰り返された。
国王アルム=カームは、彼らと数度、形式的な会談を行った。
丁重で、従順で、そして曖昧な態度を崩さなかった。
だが、ある夜、王は最も近しい者だけを集め、短く告げた。
「私は、姿を消す。」
理由は説明されなかった。
誰も問い返さなかった。
数日後、都に噂が流れた。
国王は病に倒れ、政務を執れぬという。
続いて、退位の声明が公布される。
驚きはあったが、混乱は起きなかった。
この国の人々は、玉座よりも“血の流れ”を信じていたからである。
やがて、新しい政治組織が誕生した。
――ドゥドマスタン人民民主社会党。
書記長に就いたのは、アルマリク=アル=アフマール。
彼は大名ラジュル=ワドゥドの母方の親族であり、王家の血から見て「遠すぎず、近すぎぬ」位置にいた。
その人選は、あまりにも理想的だった。
党は宣言した。
封建制の打倒。
人民主権。
社会主義による平等な国家建設。
政治将校たちは満足げに頷いた。
NKVDの男たちは、報告書に「進歩的」と書き記した。
国旗は変わらなかった。
宗教も、表向きは制限されなかった。
ただ、言葉だけが変わった。
王は「旧体制」。
豪族は「地方人民代表」。
ムカバラは「党中央委員会」。
それだけのことだった。
人々は新しい標語を暗唱し、
新しい肖像画に頭を下げた。
だが、夜になると、
彼らはいつもと同じ方角に向かって祈った。
アルム=カームは、どこかで生きていた。
名を捨て、姿を消し、ただの一人の修行者として。
この国は、革命を起こしたのではない。
革命を演じたのだ。
そしてその演技は、
観客が望む以上に、見事だった。
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