第5話

次の日も、

僕は神社へ行った。


昨日のことが、

胸の奥に引っかかっていた。


母の声。

君の、震えていた声。


石段を上がる足取りは、

少しだけ慎重だった。


……来たか


君は、

御神体の下ではなく、

境内の端、木の影に立っていた。


おはよう


……朝昼は関係ない


いつもの言葉。

でも、

声はどこか硬い。


昨日さ


僕が言いかけると、

君はすぐに遮った。


……何も言うな

あれは、偶然だ


偶然?


……人間に見られなかったことだ


うん

でもね


少し考えてから、

僕は言った。


ママ、

君のこと見えなかったけど

君は、ちゃんとここにいたよ


君は、

一瞬だけ目を見開いた。


……当たり前だ

存在しているからな


そう言い切りながら、

視線が、わずかに揺れた。


ねえ

君って、

ここにずっといるの?


……違う


短い答え。

でも、今日は続いた。


……私は

ここに逃げてきているだけだ


逃げてる?


……屋敷から

役目から


そこで、

言葉が切れた。


名前から、

と言いかけたように見えたけど、

風の音に紛れた。


……主

もし、私がここにいなくなったら

お前は、どうする


突然の問いだった。


え?


少し考えて、

僕は答える。


また、探すよ


君は、

はっきりと息を呑んだ。


……愚かなことを言う


そう言いながら、

否定はしなかった。


僕は、

懐から花札を出す。


今日は、やる?


……少しだけだ


その「少し」は、

昨日より、長かった。


札を並べながら、

君は何度も、

僕の手を見ていた。


何を考えているのかは、

分からなかった。


ただ、

見られている感じがした。


夕暮れ。

影が長くなる。


……次も来るなとは言わぬ

だが、長居はするな


じゃあ、明日もいいんだね


……解釈が都合良すぎる


そう言いながら、

君は否定しなかった。


帰り際、

僕は振り返る。


君は、

木の影に立ったまま、

動かなかった。


その距離が、

昨日より少しだけ

遠くなった気がした。


理由は、

分からない。


分からないまま、

僕は石段を下りた。


――――――――――


次の日、

僕は神社へ行けなかった。


朝、目を覚ますと、

身体が重く、

頭が割れるように痛かった。


……熱があるわね


母の声。

額に触れる、少し冷たい手。


今日は外に出ちゃだめ

大人しく寝てなさい


布団の中で、

僕は天井を見つめた。


いつもなら、

もう神社に着いている時間。


君は、

待ってるかな。


……今日は

行けないな


声に出すと、

少し悔しかった。


布団の中で、

目を閉じる。


石段。

御神体。

冷たい声。


……今日も

一緒に……


言葉の途中で、

意識が沈んだ。


――――――――――


その頃、

神社は静かだった。


石段の先。

御神体の下。


……遅い


低く、

そう呟く声。


風が吹き、

落ち葉が一枚、転がる。


……来ない


来ない理由など、

いくらでもある。


気まぐれ。

飽きた。

禁じられた。


それでも、

視線は石段から離れなかった。


……主


名を呼ぶ癖が、

もう抜けない。


日が傾き、

影が長くなる。


……今日は

来ぬのか


その言葉だけが、

境内に残った。


――――――――――


夜。


布団の中で、

僕は何度も目を覚ました。


喉が渇く。

身体が熱い。


誰かが、

そばにいる気がした。


でも、

目を開けても、

誰もいない。


……君


声にならない声。


夢と現実の境で、

冷たい手の感触だけが、

一瞬、残った。


――――――――――


夜更け。


神社には、

もう誰もいない。


石段の下で、

立ち止まる影。


……一度だけだ


誰に言うでもなく、

そう呟く。


村の灯りが、

遠くに見える。


人の世の匂い。


……愚かだな


その言葉は、

風に溶けた。


影は、

まだ動かなかった。

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