第3話

花札は、

いつの間にか、当たり前になった。


持っていくと、

君は何も言わずに受け取る。


持っていかない日でも、

石段に座ると、

君は同じ場所にいた。


……今日は、やらぬのか。


うん。

ちょっとだけ。


そう言って、

僕は空を見上げた。


雲がゆっくり動いている。

風が吹くと、

木の葉がこすれる音がした。


君は、

しばらく黙っていた。


……それでいい。


そう言われて、

少し驚いた。


怒られると思っていたから。


今日は、

静かな日だった。


君は、

御神体の方を向いたまま、

ほとんど動かない。


でも、

いなくなったりはしなかった。


ねえ。


呼ぶと、

君は、ちらっとだけこっちを見る。


名前、ある?


……ある。


即答だった。


教えて。


君は、

少しだけ考える素振りを見せた。


……呼ぶ必要はない。


どうして?


……距離が、縮まる。


その言い方が、

なんだかおかしくて、

僕は笑ってしまった。


そんなの、

もう縮まってるよ。


ここまで来て。


君は、

何も言わなかった。


でも、

そのまま立ち上がることもなかった。


……主。


突然、

そう呼ばれる。


なに?


……いや。


それだけだった。


僕は、

その呼び方が、

少しだけ好きだった。


理由は、分からない。


ねえ。

君は、

ここから動かないの?


……動けぬ。


どうして?


……そういうものだ。


よく分からなかったけど、

無理に聞くのはやめた。


じゃあさ。


僕は立ち上がって、

石段を一段降りた。


ここまでなら、

どう?


君は、

視線だけを動かす。


……近い。


一段だけだよ。


……それでもだ。


そう言いながら、

君は、

ほんの少しだけ身を引いた。


逃げるほどじゃない。

でも、

そこ以上は許さない。


境目が、

見えた気がした。


じゃあ、

ここまで。


僕は、

元の場所に戻った。


君は、

それ以上何も言わなかった。


でも、

空気が、少し変わった。


拒まれたのに、

嫌な感じはしなかった。


ちゃんと、

線があるんだと思った。


その日、

帰り際に、

君は言った。


……明日も来るのか。


うん。


……そうか。


それだけだった。


でも、

それで十分だった。

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