第3話 集める。作る。

 寒い。

 異様に、寒い。


 目を開ける。


 白い。

 ――まんまるの白。


 その真ん中に、三つの黒。


 ∵ ∵


 それが、二つ。

 俺の顔を、覗き込むように並んでいる。


 じっっっっ。





「……うぉぉ!?」


 ばっと、上体を起こした。


「うわっ!」


 反射的に後ずさる。


 白い。近い。いや、近すぎるって!

 距離を取るように、さらに一歩下がる。


 すると。

 白いそいつらも、同時に一歩、前に出た。


「……えぇ」


 俺が離れた分だけ。

 きっちり同じ分だけ。

 詰めてくる。


 じっっっっ。


「……やめろやめろやめろ」


 また一歩、下がる。

 また一歩、近づいてくる。

 ピッタリ。

 寸分狂わず。

 まるで距離を測っているみたいに。


「……っ」


 心臓が嫌な音を立てる。

 ここでようやく。

 ようやく、頭が回り始めた。


「……あれ、俺って……たしか……」


 ……そうだ。

 俺、気絶したんだ。

 ドラゴンに追い回されて。

 遺跡に逃げ込んで。

 水に落ちて。

 指輪をはめて。

 白い化け物が出てきて。

 パラパラ踊らせて。


 それで……


 ……増えて。


「……無理、ってなって」


 そこで意識が落ちた。


「……ああ、そりゃそうだ」


 こんなの処理できるわけがないだろ。

 なんで増えんだよ。

 意味分かんねぇよ。


 ふと、違和感。


 ――寒い。

 さっきより明らかに。

 視線を落とす。


「……」


 そういやおれ、全身びしょ濡れだったわ。

 パジャマが肌に張り付いて気持ち悪い。

 フリースなのに全然あったかくない。

 むしろ、冷たい。


 地下水。

 池に落ちたまま、乾く暇なんてあるはずもない。


「……ぶぇっくしょい!」


 盛大にくしゃみが出た。

 鼻水も出た。

 最悪だ。


「……風邪ひくって、これ……」


 震える肩をすくめながら顔を上げる。

 白い二体は……相変わらず。


 じっっっっ。

 無言。

 無表情。

 穴三つの顔で、俺を見ている。


「……お前らさ」


 言っても、返事はないと分かっているけど。


「距離感ってもん、知らないの?」


 当然答えはない。


 そのとき。


 ――ぴこん


 聞き慣れ始めたあの音。

 視界の端に文字が浮かぶ。


《クエスト達成》

《チュートリアル②:■■■■を増やす》


「……あ」


 そうか。

 岩、吸い込ませたやつ。

 あれで終わりだったのか。

 理解したくないけど……うん、まぁ理解はした。


 俺は今。

 この白い、無言の、距離感ゼロの化け物――二体と。


 寒くて。

 濡れてて。

 逃げ場のない、地下遺跡にいる。


「……はぁ……」


 ため息が白くならないのがせめてもの救いだな。

 さっきから一晩で起きていいイベント量じゃないだろ。


「イベントが渋滞してんぞ……」


 文句を言ったところで、寒いのも濡れてるのも変わらない。

 俺は震える腕を抱えたまま、白い二体に視線を戻した。


 相変わらず。


 じっっっっ。


「……で、次は?」


 チュートリアルってんだから、どうせまだあるんだろ?


 ――ぴこん


 ほらな?

 視界の端に、案の定文字。


《チュートリアル③》

《素材を集めよう!》


「……はいはい」


 どうせ逃げられない。

 この流れ、もう分かってきた。


「で。"素材集めろ"、て言われてもな……」


 洞窟を見回す。

 石。

 壁。

 湿った地面。

 淡く光る苔。

 あとは地下水が溜まったっぽい池。


「その辺の石とか? 苔? ……いや、まさか」


 こういう時クラフト系のゲームだと、フィールドにあるもの全部素材になるんだけど……。

 白い二体に目を向ける。


「……あ」


 ――すでに動いていた。


 一体が、ちょこちょこと壁へ。

 ぺたっ、と生えていた苔に触れる。


 きゅぽん。


 苔、消失。


「……え」


 もう一体はその場で地面へ。

 小石を拾う……というより触る。


 きゅぽん。


 石、消失。


「……お前ら、掃除機かよ」


 ダイ◯ン並みの吸引力だな……。


 さらに二体は無言のまま、せっせと動き回る。 苔。

 石。

 小さな岩。


 全部、きゅぽん、きゅぽん。


 気づけば――洞窟の一角がやけにスッキリしていた。


 ――ぴこん


《素材:小石×5》

《素材:ひかり苔×3》

《素材:岩片×1》


「……あ、はい」


 分かりやすい。

 というか、雑だなおい。


「しかも、俺が集めるんじゃないんだ……」


 白い二体が、作業完了と言わんばかりにこちらを向く。


 じっっっっ。


「……お疲れさま?」


 返事はない。


 ――ぴこん


《クエスト達成》

《チュートリアル③:素材を集めよう!》


「……」


 俺は濡れた袖を握りしめ、天井を仰いだ。


 マジで。

 ほんと意味分かんない……。


「……なに? なんで俺なん?」


 心からの呟き。

 白い二体がぴたりと俺の両脇に並ぶ。

 顔を傾げて俺を見上げて、


 じっっっっ。


 距離、ゼロ。


「近い近い近い!」


 そう叫んだ直後。


 ――ぴこん


《チュートリアル④》

《クラフトしてみよう!》


「……あ、はい」


 もう、ツッコむ気力も残ってなかった。

 疲れたし、何言っても状況は良くならない。


「クラフトって何が作れんの……?」


 ぴこん。


 はい、来ますよね。

 なんなん? 音声認識なん?


 視界の端に新たな文字。


《クラフトリスト》

《・ひかり石 new》


「……ひかり石?」


 壁に生えてた光る苔。

 それと、その本に転がってる小石。


 名前からして、もうわかる。

 あれだろ、小石と苔を混ぜんだろ?


「で、作り方は? どうやるんだよ」


 ぴこん。


《■■■■にクラフトを指示しよう!》


「あー、なるほどね。お前らか……」


 素材集めるのもコイツラなら、作るのもコイツラなのね。


 視線を向けてみる。

 白いニ体は相変わらず無言で見つめてくるだけだ。


「……よし」




 深く考えるのはやめだ。

 考えたら負けな気がする。


「じゃあ……お前。ひかり石、作って」


 一体目を見る。

 最初にぽこっと指輪から出てきたほう。

 たぶん元祖。


 そいつに恐る恐る指示してみる。

 無言。

 でも、すぐに動き始めた。


 さっきとは別の壁際にちょこちょこと走っていき、まだ生えてるひかり苔に触れる。


 ぺた。


 そして、


 きゅぽん。


「……」


 またごっそり苔が消えた。

 こちらからは見えないが、あの黒い丸に吸い込まれたんだろう。

 いや、吸い込まれたというより、音がした瞬間に消えてるっつーか……。


 ダメだ。考えるな。

 今はそういうものだと思うんだ。


 続けて、今度は転がっている小石をいくつか。


 きゅぽん、きゅぽん、きゅぽん。


「……ちょ、ちょっと待て」


 思わず声が出た。

 白いそいつは素材を吸い終えると。

 今度は顔を、


 こてん


 と少し傾けて。



 ――ぶるぶるぶるぶるぶる。



「……ひぃ」



 いやいやいや怖い怖い怖い。

 傾けた顔が、小刻みにブルブルと震えてる。

 ブルブルってレベルじゃない。

 痙攣とかなんかそんな感じ。


 そして、


 顔の丸い穴。

 そのうちの一つ、口っぽい穴がわずかに歪み、


 ぽこっ。


 っと、軽い音とともに何かが吐き出されて地面を転がる。


「……」


 地面に転がったのは、拳大の白っぽい石。

 淡く、ぼんやりと光っている。


「……できた?」


 見た目は……石だ。

 光ってるけど。


 ――ぴこん


《クラフト成功》

《ひかり石 ×1》


「……おぅ」


 思考が追いつかない。

 今の、何?

 素材を吸って、ミキサーみたいに震えたと思ったら。

 口……口?

 口なのか、穴なのか分からんとこから出した。


「……どうなってんの」


 ひかり石とやらを吐き出した白いこいつを見る。

 返事はない。

 見つめてくるだけ。


「……ん?」


 見つめ合っていたら、横から二体目がちょこちょこと前に出てきた。

 そして、顔を傾げ――


「……え、まさか」


 ぶるぶるぶるぶるぶる。


 震える。


 ぽこっ。


 吐き出す。


 ぴこん。


《クラフト成功》

《ひかり石×1》


「…………あぁ、そういう感じね」


 理解した。

 というか理解するしかない。


 どうやら。

 きゅぽんと吸い込んで集めた素材は、もうコイツラの中に入ってるんだ。


 指示すれば、中から、ぽこっと出てくる。


「コイツラ自身が倉庫、インベントリみたいな感じでいいのか?」


 うん、どういうことだよ。

 あの丸い穴の中って異次元的な?

 しかも、どいつが吸い込んでも構わんのか。


 ぴこん。


《クエスト達成》

《チュートリアル④:クラフトしてみよう!》


「……はいはい」


 ひかり石を拾ってみる。

 苔のときより光がつよい。


 蛍光塗料くらいの光だったのが、小さい電球くらいにはなったか?

 温度はないけど、明るくなったことで不思議と心が落ち着いてくる。


「それで……こいつを作らせたってことは」


 ひかり石のおかげで、薄暗かった洞窟の中が照らされて少しだけ明るくなった。


 指輪が収まっていた台座の奥、そこに奥へと続いてそうな横穴があるのを見つけた。


「……進めってことだよな、これ」


 ため息混じりにそう呟いた。


 次は何だ。

 どうせ、逃がしてはくれないんだろ。


 嫌々ながら、横穴へ向けて一歩前へ進む。

 白い二体がぴたりと揃って一歩、前に出た。

 じっっっっ。


 ……分かってる。

 分かってるから、近いんだって。

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