第2話 増える

 目の前に現れた、そいつ。


 身長は三十センチくらい。

 顔も体も丸く、手足も短い。


 全体的に白く、ぷっくりしている。

 まるで赤ちゃんを連想させるような体型……なんだけど。


 問題は、顔だ。


「……こっわっ!」


 丸い穴が、三つ。

 埴輪とか土偶みたいな丸くて暗い穴が、白い顔の真ん中にポンポンポンと空いている。


 光がない。

 というか、ただの穴。

 穴の先には黒い闇が広がっている。


 そんな、ただの?穴のはずなのに――


 こちらをじっっっっと見ているのが、分かる。


 何も言わない。

 微動だにしない。

 ただただ……じっと。

 顔を上げて、こちらを。


「……ひぃっ!?」


 思わず一歩、後ずさる。


 すると、そいつも一歩。

 こちらへ。


 もう一歩、後ずさる。


 そいつも、また一歩。


「いやいやいや!」


 怖い怖い怖いっ!!


 こんな暗がりでこんな顔した真っ白な赤ちゃん体形のやつが、無言で近づいてくるとか。


 いや、怖いって!

 さっきまでのファンタジーどこ行った!?

 急にホラーじゃん!


「な、な、なんだよお前!?」


 声を張り上げてみる。

 恐怖を誤魔化すために。


 でも、白いそいつは何も言わない。

 ただ、じっと。


 その丸い穴で、見つめてくるだけ。


 見つめ合う。

 吸い込まれそう……魂的な何かが。

 めちゃくちゃ怖いんだけど。

 年甲斐もなくマジで泣きそう。


 でも、目を逸らすのも無理だ。

 視界に入れてないと、それはそれで不安すぎる。


 だって、ちょっとでも目を離したら――


 次の瞬間、目の前にいそうで。


 こいつ絶対そういうタイプのバケモンだろ。

 見た目からしてもう完全にそれだもの。


「……っ!」


 得体の知れない白い化け物にビビり散らかしていると。


 ――ぴこん


 と、音が鳴った。


「うひゃいっ!?」


 情けない声が出た。


 反射的に周囲を見る。

 今の音、白いこいつから!?

 ……いや、音源はそっちじゃない。


 視界の片隅。

 そこに、また文字が浮かんでいた。


《ψ○※☆€№ηζ∪》

《ξξλ¶―ψψψµχ¥》


「……は?」


 さっきとは違う文字。

 しかも、二行。


 読める気が、まったくしない。


「いやだから、読めねえって……」


 思わずぼやく。


 でも、その意味不明な文字の向こう側で……白いこいつと、それはもうがっつり目が合っている。


 こえぇ。

 普通に、めちゃくちゃこえぇ。


 すると、また音。


 ――ぴこん。


「……っ!?」


 おしっこちびりそうなのを気合で押し留めてたおかげで、今度は声を上げずに済んだ。

 ちょっと漏れたけど。


 見ると、視界に浮かぶ文字がその音と同時にぐにゃっと歪む。

 それこそミミズがのたくってるみたいに。


 文字列が形を変えていく。


 そして。


《クラフトメニュー》

《クエストリスト》


「……クラフト? クエスト……リスト?」


 思わず、口に出して読んでいた。


 なんで日本語なんだ。

 さっきまで意味不明な記号だったのに。


 つーか、クラフト?

 クエスト?


 急にゲーム用語ぶっ込んでくるじゃん……。


 混乱している俺を無視するみたいに、文字はさらに変化する。


《クエスト》

《チュートリアル①:■■■■に指示を出そう!》


「……は?」


 ■■■■。


 黒塗り。

 伏字。


「いや、誰だよ。■■■■って」


 視線を動かす。


 文字。

 そして――目の前の、白いこいつ。


 ……。


「……まさか」


 ゆっくり、視線をそいつに戻す。


 白い小さな体。

 丸い穴の顔。

 何も言わず、じっとこちらを見ている。


「……お前、か?」


 ……■■■■てより●●●のほうが合ってない?

もしくは、∵とか。


 試しに、恐る恐る声をかけてみる。


「……」


 返事はない。

 ないけど。


 そいつはぴたりと動きを止めたまま、俺だけを見ている。


 いや、元々動いてなかったけど。


「……指示、って……」


 どうやって?

 何を?


 立て続けに起きる恐怖と混乱で頭の中がぐちゃぐちゃになる。


 役に立ちそうなものはない。

 状況も分からない。

 目の前には、正体不明の白いナニカ。


 でも。


 ドラゴン親子に追い回されて。

 穴に落ちて。

 水に落ちて。


 そして、今。


 わけわからん化け物と見つめ合ってる。


「……いや……もう、満腹です」


 キャパオーバーです。

 意味不明な事態が立て続けに起こり、処理しきれず頭がスンッてなる。


 もういい。とりあえず。

 なるようになれ、だ。


「……指示か。よし、お前」


 ゴクリとツバを飲み込みながら、


「……"パラパラ"、踊ってみて」


 小さく、そう言ってみた。

 言ってしまった。


 自分でも何言ってんだ俺、って思う。

 思うけどもう遅い。


 白いそいつは相変わらず無言。

 丸い穴の顔でじっと俺を見ている。


 ……やっぱダメか?

 通じないよな?

 そもそもパラパラって何だよ。

 この化け物にパラパラ踊らせて何がしたいんだよ。


 内心でそう思った、次の瞬間。


 白いそいつが、すっと一歩下がった。


「……?」


 そして。


 両手を、すっと横に広げる。


「……え?」


 右手が前。

 左手が引く。

 肩が、カクンと入る。


 ――知ってる。


 知ってるぞ、その動き。


「……いや、まさか」


 俺の驚きを嘲笑うかのように。

 シャッ、シャッ、と小刻みに足を動かしながら。

 腕が流れるように動き始めた。


 キレッキレ。


 無音。

 無表情。

 丸い穴三つの顔のまま。

 若い頃にテレビで見た、


 "完 璧 な パ ラ パ ラ" である。


「…………」


 言葉が出ねぇよ。


 なんでだよ。

 なんでそんな正確なんだよ。

 というか、どこで覚えた。


 音楽はない。

 リズムもない。

 なのに、動きだけが異様に正確でキレッキレである。


 無音の空間で、白いナニカが黙々とパラパラを踊っている。


 え、怖い。

 めっちゃ怖いんだけど。

 踊りながらでも、まだこっち見つめてくるし。


 ……なんだこれ。


「……いやでも、すげぇなお前」


 思わず、そう呟いていた。


 ――ぴこん


 と、例の音。


 視界の端に文字が浮かぶ。


《クエスト達成》

《チュートリアル①:指示を出す》


「……あ、はい」


 そうね……やっぱり、そういうやつかぁ。

 何となくだけどね、そんな気がしてたよ。


 白いそいつは踊りをぴたりと止めると、また最初の位置に戻りこちらを見つめてくる。


 じっと。

 相変わらずの無言で。


 分かった。

 把握した。

 流れは理解した気がする。


「……で、次は?」


 ぼやくように言った、そのタイミングで。


 ――ぴこん


《チュートリアル②》

《■■■■を増やそう!》


「……増やす?」


 こいつを?

 この化け物を?


「……どうやって?」


 というより、増えるの?


 ぴこん。


《■■■■に素材をあげよう!》


「……素材」


 視線を周囲にやる。


 暗い。

 石。

 壁。

 湿った地面。

 淡く光る苔みたいなの。

 池。


 洞窟っぽい場所だけど、使えそうなものは……石くらいしかない。


 そのとき。


 白いそいつが、ちょこちょこと歩き出した。


「……?」


 向かった先は、壁際。

 壁際にある大きな岩。

 こちらに背を向けて。


 その大きな岩を、小さなお手々でぺたっと触り、顔を近づけ――


 きゅぽん。


「……は?」


 音がした。

 何かを吸い込むような、そんな音。


 見ると、触っていた岩が無くなっている。


「……な!?」


 そして、こちらを振り返る。

 丸い穴がこちらを見ている。




 ――ぽこっ




 軽い、気の抜けるような音。


 それと同時に。



 こいつの丸い穴の一つ、口っぽいとこから。


白い何かが――



 ぽこっ、と。



 顔を出した。



「……は?」



 ……いや。


 ……は?


 なんか……生えた。


「……おいおい」


 こいつの黒い闇が広がる、顔みたいな3つの丸い穴。


 その口にあたる部分から、白いこいつとよく似た顔が生えている。


 ぽこっ。


「……二体目?」


 二体目の白いそいつは何事もなかったかのように、穴から這い出るようにして地面に降りる。

 一体目のコイツは新しく出てきた白いのを指差す。


 そして。


 ニ匹揃って、シンクロしたみたいに。


 ぐりんっ。


 と、顔をこちらに向け見つめてくる。


 じっっっと。



「……あ、無理」



 一体でも意味がわからないのに、それがもう一体増えるという本当に意味がわからない事態に。

 俺の頭、精神は両手を上げて降参した。


 意識が暗い闇に落ちていく中、最後に見たのは。


 俺を見下ろす6つの穴だった。



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