ぽこりん

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第1話 ぽこっ

 熱い。

 異様に、熱い。


 目を開ける。


「……」


 白い。

 白……というより、眩しい。


 反射的に手で目を隠す。

 あれ……なんだこれ。


 寝転がってる。

 しかも、地面が固い。背中が痛い。


 目を覆っていない方の手で、下を探ってみる。


 ……砂利?


 地面か、これ。


 起き上がる。

 ゆっくりと、目が慣れてくる。


 視界に広がるのは――何もない景色だった。


「……まじか」


 夢、じゃないな。

 というか、こんな漫画みたいに「夢でした」なんて展開、あるわけがない。


 意識ははっきりしてる。

 体も動く。

 寝起きだから、喉も渇いてる。


 つまり――現実。


「……なんで外にいるんだ、俺」


 立ち上がる。

 見渡す。


 荒れ果てた大地。草も木も、ほとんどない。

 遠くまで、本当に遠くまで、同じような景色が続いている。


「こういうの、なんて言うんだっけ……荒野?」


 うん。

 状況が分からなすぎる。


 俺、ちゃんと布団で寝たはずだよな。

 なのに、なんでこんなとこで寝てんの?


 視線を落として、自分の体を確認する。


 着ているのは、見慣れたパジャマ。

 しま◯らで買った、安いフリースの上下。


「……」


 これ、あれか。ドッキリ? もしくは拉致?


 いや、俺なんかをドッキリに使う意味が分からない。

 拉致する価値も、なおさらない。


 なんだこれ、とわけの分からない今の状況に悩んでいると。


 ――ギャァァァァァァス!!


「……っ!?」


 いきなり、空気を引き裂くような咆哮。


 な、なんだ今の音!?


 反射的に、空を見上げる。


 ――暗い。


 さっきまで眩しかった空が、雲に覆われたかのように暗くなる。


 いや、雲じゃない。

 雲じゃなくて……


「……!?」


 なんか、いる。


 しかも、でかい。

 めちゃくちゃ、でかい。


 パッと見はトカゲ……?

 いや、トカゲってサイズじゃない。


 トカゲというより……


「……ドラゴン?」


 ゲームや漫画でお馴染みの。

 ファンタジーの象徴みたいな、あいつ。


 しかも。


「……二匹?」


 一匹は、とにかく巨大。

 翼を広げるだけで、地面に影が落ちる。


 もう一匹は、その横。

 小さい。


 ……子供、か?


 親らしきドラゴンを、そのまま小さくしたみたいな姿。

 ちょっとだけ、かわいい。


 ――なんて思ってたら、二匹の視線が同時にこっちを向いた。


「……」


 あ。


 これ、あかんやつだ。


 完全にロックオンしてる。

 テレビで見たことある。

 ライオンとか熊とかが、獲物に狙いを定めてる、あの空気。


「……おいおい、待てよ」


 でかい方の喉が、不自然に膨らむ。


「……マジかっ!?」


 コロコロ変わる状況に戸惑っていると。


「ギャァァァァァァス!!」


 上空から、馬鹿でかい鳴き声。

 そして、すげぇ風圧。


 ただ鳴いただけなのに、それだけで空気が叩きつけられる。


「ふべっ!?」


 背中にもろに風を食らい、吹っ飛ばされる。

 そのまま、ゴロゴロと地面を転がった。


 そして。


「ぴゃぁぁぁす!」


 子供のドラゴンも、甲高い声で鳴いた。


 やばい。

 これ、狩りだ。

 子供に狩りを教える的なやつ。


「俺は練習台かよ……!」


 考えるより先に、体が動いた。


 走る。

 全力の、本気で。


 裸足で砂利。

 足の裏が痛いとか、今はどうでもいい。


 この、よく分からん状況。

 よく分からんけど……このままボケっとしてたらマズいってのは分かる。


「ギャァァァァァァス!」

「ぴゃぁぁぁす!」

「うおぉぉぉぉ!」


 とにかく逃げる!

 逃げるしかない!


 でも、どこへ!?


「〜〜〜、ぴゃっ!」


 ――ドンっ!!


 必死に走る俺のすぐ横が、爆ぜた。


「な、なんだっ!?」


「びゃっ、ぴゃっ、ぴゃあっ!」


 ドン、ドン、ドンっ!!


「うぉぉぉ!? ちょ、待て待て待てっ!!」


 走りながらチラッと後ろを振り返る。


 子供ドラゴンの口から、火の玉が飛んできていた。


「畜生! そりゃドラゴンなら、火の玉くらい吐くよな!」


 だが、幸いなことに狙いがお粗末。

 ジグザグに蛇行しながら走ってやれば、なんとか狙いを外せる。


「よし! このまま逃げ――」


 ――ギャァァァァァァス!!


 また、親ドラゴンの鳴き声。

 背中に風が叩きつけられ、身体が衝撃で一瞬、宙に浮く。


 全速力で走っていたせいで、そのまま、また吹っ飛ばされた。


 いってぇぇぇぇ!

 ふざけんな、クソがっ!


 そうだ。これは狩りの練習。

 獲物を、うまく獲れるようになるための。


 マズい。

 マズいマズい。


 転がりながら、ふと嫌な想像が頭をよぎる。

 生きたまま、あの子供ドラゴンに食べられる――そんな想像。


「っ……なんだよ、なんだよこれ!」


 目が覚めたら荒野にいて、いきなりファンタジー生物に襲われて。

 俺が、何したってんだよ……!


 起き上がり、ドラゴンを見上げる。


 子供ドラゴンは、やる気満々。

 楽しそうに羽ばたいている。


 それを見ている親ドラゴンは、子供の成長を嬉しそうに見守っている。


 ……ドラゴンの表情なんて、分からんけど。


「はは……夢なら覚めてくれよ、マジで」


 そんな絶望の中、視界の端に不自然な影が見えた。


 石……洞窟?

 いや、壁か?


 よく見ると、それは崩れかけた建物だった。

 半分埋もれた、古い構造物らしきもの。


「なんだ……遺跡……?」


 洞窟だろうが遺跡だろうが、この際どうでもいい。

 隠れられる場所だ。


 なんとか、あそこまで逃げ込めれば……!


「ぴゃっ!」


 ドン、ドン、ドン!


 狙いの悪い火の玉をかいくぐり、入口らしき穴に体を滑り込ませる。


「うおぉぉぉぉっ……!」

「ギャァァァァァァス!?」

「ぴゃぁぁん!?」


 ざまぁぁぁぁ!

 余裕ぶっこいてっからだ、クソトカゲ!


「……って、うわぁっ!?」


 身体を滑り込ませた穴は……穴だった。

 入った瞬間、そのまま重力に引っ張られて落ちる。


「うわぁぁぁぁぁあ!」


 ざっぱぁぁぁぁん!


 落ちたと思ったら、今度は水。

 いきなり、水の中へダイブ。


「ごぼごぼごほっ……!?」


 必死に泳いで、岸まで辿り着く。


 だから、なんなんだよこれ!


 ……でも。


「逃げられた……か?」


 息を整え、周りを確認する。


 俺が飛び込んだのは、池みたいな水たまり。

 地下水が溜まったのか?


 多分、地下だと思うけど、穴の中は思ったより暗くなかった。

 その辺に転がってる岩や、遺跡っぽい壁にくっついている苔みたいなものが、淡く光っている。


 おかげで、視界は悪くない。


「なんだここ……?」


 水に濡れたパジャマを絞りながら、辺りを見回す。


 すると、地面が揺れた。


 重い音。

 何かが、着地した音。


 息を殺す。

 心臓の音が、やけにうるさい。


 入口の穴を、ガリガリと削るような音。

 続いて、ドンっ、と一際でかい音がして、揺れる。


 ぼちゃん、ぼちゃんと、池に瓦礫が落ちてくる。


 そして。


 しばらくして、ようやく諦めたのか、翼の音が遠ざかっていった。


「……はぁ……」


 腰が抜け、その場に座り込む。


 マジで、しんどい。

 寝起きにいきなり走ったせいで、身体が悲鳴を上げている。


 この年になるまで、ろくに運動してこなかったツケだ。

 きつすぎる。


 おまけに、全身ビショビショ。


「……でも、生きてる」


 とりあえず。

 ドラゴンに、生きたまま食べられる未来は回避できた。


「はぁ……」


 つーか、なんなんだよ、これ。

 どういう状況だよ。


 何一つ、意味が分からんのだが?


「ぶぇっくしょいっ!」


 考えたって、しょうがないか。

 そんなことより、今はこの濡れた体をどうにかしないと、風邪を引く。


 なにか、身体を温められるものが欲しい。

 なにか、なにかないか……?


 すると、暗闇の奥に何かが見えた。


 石の……台座?

 そして、その上にぽつんと置かれた――指輪。


「……?」


 近づく。

 埃をかぶっているけど、なんというか……妙に存在感がある。


 手に取ってみる。

 軽い。


 手触りは、いたって普通の金属の指輪。


「……」


 特に深く考えず、指にはめた。


 その瞬間。


 視界の端に、文字が浮かんだ。


《π¢χξλιµ▽φ♡¥¥@¶》


「……は?」


 なんだこれ。

 意味が分からない。

 読めねぇし。


 浮かんだ文字に触れてみる。


 触れた。


 そして――

 指輪が、淡く光った。


「うぉっ!? こ、今度は何だよ!?」


 ―――――――――ぽこっ


 音が鳴った。

 小さい、どこか小気味いい音。


 光が、収まる。


 ……何だったんだ。


 光が消えた指輪を眺めていると、視界の奥に違和感。


 視線を、そこに向ける。


 そこに、小さな白い何かが、立っていた。


 丸い頭と身体。

 短い手足。

 全体的に、ぷっくりしている。


 じっと、俺を見上げている。


「……」


 しゃべらない。

 動かない。


 ただ、見てる。


「……なんだよ、これ」


 ぽこっと出てきた、白い小さな存在。

 そいつが、何も言わず、俺の前に立っていた。

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