第2話 開庭

第二話 開庭


 直後、キャンパス内のあらゆる液晶画面——学生たちのスマートフォン、掲示板のデジタルサイネージ、そして空そのものを覆い尽くすほどの巨大なホログラムが、鮮烈な「赤」に染まった。

 そして、世界は薄灰色に染まり、荒んだ空気感が空間を支配した。

 ノイズの渦の中から、一人の男が躍り出る。

「何、あれっ…………!!」

 黒地に血のような赤い模様が走る狐の面。

 身に纏っているのは、燃えるような朱色の和服。男はまるで、豪華絢爛な舞台に登場した主役のように、大袈裟に両手を広げてみせた。

「はい、全国の可哀想で愛すべき欠落者ディフェクティブ諸君、ご機嫌よう!」

 画面やスピーカーからではない。脳内に直接響くような、鼓膜を逆撫でするハイテンションな声。

 パニックに陥り、絶叫していた学生たちが、その異様な威圧感に圧されて声を失う。

「いやぁ、いい表情だね! 突然空が割れて、日常がひび割れて、心までバラバラになっちゃってるその顔! 最高にゾクゾクするよぉ!」

 狐面の男は、空中で軽やかにステップを踏み、楽しげに指を鳴らした。

「さて! 困惑している君たちのために、特別にこの素晴らしき世界のルールを教えてあげよう。君たちが今いる場所、そこは現実であって現実ではない。我々が作り出した極上の遊び場――『境界の揺籃ボーダー・クレイドル』だ!」

 彼が袖を振ると、空の亀裂から光の粒子が降り注ぎ、キャンパスの、町の、果ては県の境界線に濃い霧のような障壁が構築されていく。

「現在、日本各地には大小さまざまな『庭園ガーデン』が出現している。

 村一つの規模から、都市を丸ごと飲み込む規模までね。中にいた君たちは、おめでとう! 強制参加のラッキー・ゲストだ。

 だが、安心したまえ。出口はある!

 だが! 出入り口である『ゲート』の数も開く時間もすべては気まぐれ。運が良ければおうちに帰れるし、運が悪ければ死ぬまでここで鬼ごっこ。ハッハッハ!

 ああ、それと『庭園』は成長するからね? 明日には君の隣町も、この素敵な地獄の仲間入りかもしれないよぉ?」

 男は狐面の奥で目を細め、歪な笑みを浮かべる気配を見せた。

「ルールは簡単。殺し合い、奪い合い、生き残ること! !

 殺せば殺すほど、君たちには『因果値カルマ』という素敵なポイントが貯まる。ポイントが貯まれば、あら不思議! 身体能力が跳ね上がり、病気も治り、空だって飛べるようになるかもしれない。

 あ、でも気をつけて。

 ただ殺せばいいってもんじゃないんだ。ポイント付与の条件は……内緒! !!

 効率よく稼ぐ方法は、自分の血と肉で学んでね?

 そしてぇ……、ポイントを無視して隠れようとしているそこの君! そう、君だっ! 残念でした! ポイントを稼がないと、どうなると思う??」

 狐面は勿体ぶるように、間を空ける。

 そして、画面に顔をめいっぱい近づけ、声を張り上げた。

「死んじゃう!!! のさ。どんな死に方か、細かい条件は教えなーい。

 とにかく、ポイントを得ないと死ぬことだけは、念頭に入れといてくれい!」

 エリザは唇を噛み、その光景を睨みつける。

 凛咲は震える手で拳を握り、凌之助は絶望に腰を抜かしていた。

 そして莉瑠蘭はただ、静かに鼻を鳴らした。

「ポイントを稼いでも何も起きない『ハズレ』の君もいるかもしれないけれど、それはそれ! 君に才能がないだけだから、恨まないでね。

 さぁ、進化の時間は始まった! 泣き叫び、抗い、美しい絶望を見せておくれ!!!」

 怒涛の解説と、画面に映し出される用語や絵が消え失せた。

 男はまるで、エンタメを仕切るキャスターだ。

 そして、狐面は和服を揺らして両手を掲げる。

「それでは、最初の犠牲者に――乾杯Cheerz!!」

 その宣言が幕引きとなった。

ホログラムが消えた瞬間、広場に、「それ」が具現化した。

「あ……あ、あああああ!!」

 悲鳴が上がる。

 凌之助の目の前で、さっきまで合コンの相談をしていたサークルの先輩が、どす黒い輝きを放つ鉄パイプを手に、隣の友人の脳天を迷わず叩き割った。

「保身」と「焦燥」。

 狐面が撒いた毒は、一瞬にして人間の理性を腐らせた。

 血の匂いが、キャンパスを支配する。

 それは莉瑠蘭が予感していた、あの「楽しい」匂いだったのか。


 二


 広場から叫び声が響いてきた。

 学生らは逃げ惑い、蜘蛛の子を散らすように散り散りとなった。

 莉瑠蘭抱える友人一行は、怯えた表情で広場の方向へ顔を向ける。

「なに、なんなのっ、何が始まったの……?!!」

「お、おち、落ち着けよ! なんかのイベントじゃねえ?!」

「なわけねぇだろ! 明らかに様子おかしいじゃんかよ……!!!」

「殺し合いって、なに……? アタシ、いやだ、逃げたい……!」

 友人らは狼狽する。

 当然のことであった。

「と、とにかく大学から離れねぇか……?」

 佐山、という名の男子学生が脂汗を流しながら提案した。

「そういえば、出口があるって……!」

 金髪の女子学生が莉瑠蘭の裾を掴んで、叫ぶ。

 その声は今にも泣き出しそうだった。

「名案だね佐山。とりあえず、固まって動こう」

 冷静に言葉を紡ぐ莉瑠蘭。

 男子学生はその言葉に笑みを零し、頷く。

「そうだな、皆ぜってぇ離れるなよ……」

「俺らが守るっきゃねえな……っ」

 もう一方の男子学生、中山も同意する。

 汗を流し、言葉を詰まらせているものの、勇気を掴んだ行動である。

「俺、先頭行くわ……!」

「じゃあ、オレは……、後ろで見はってるぞ」

 男子学生を前後に一同は大学郊外を目指し、歩き出す。

 莉瑠蘭は、先頭の男子学生の背中に、勇気づけるように手を添えた。

 突如の、荒唐無稽と揶揄できる程の出来事。

 空が硝子のように割れ、不気味な声が世界を「ゲーム」へと定義した直後。

「ひっ、あ、あああぁぁ!!」

 莉瑠蘭の隣を歩いていた友人が、金切り声を上げた。

「……!」

 反射的に後ろを振り向く。

「中山ッ……!」

 先頭の男子学生が震える声を発する。

 一番後ろに構えていた男子学生が、喉を掻き切られて倒れた。

 血飛沫が莉瑠蘭の頬を掠める。

 襲ってきたのは、同じ学部の学生たちだった。

 五人程度の男子学生の集団。

 彼らの手には、この世のものとは思えない禍々しい造形のナイフや鉄パイプが握られている。

 中には、農作業に使う小鎌や軍用ナイフと見られる刃物まであった。

「ウソ、嘘でしょ……ッッ」

 女子学生が腰を抜かす。

「悪く思うなよ……! 俺だって、死にたくねぇんだよ!」

「殺せばポイントが入るんだろ!? そう書いてあるだろ!」

 見れば、彼らは既に軽い怪我を追っているように見えた。彼らも、混乱とゲームの被害者であるのか。

「保身」と「焦燥」に焼かれた彼らの瞳は、既に知性を失い、獣のそれへと成り果てていた。

「えっ、何……? 待って、その武器、どこから……っ」

 莉瑠蘭は顔を引き攣らせる。

 先ほどまでの穏やかな表情は消え、狼狽の色を隠せない。

 しかし、女子学生を庇うように、前に立った。

「何してんだよぉッ! ひと、人殺すとかお前ら……!!」

 佐山も、莉瑠蘭含め女子学生を守るように手を広げる。

「今の放送、聞いてなかったの!? ゲームだよ、殺し合いだよ!」

「そうだ!! 殺らなきゃ、俺らが殺されるんだぞッ……!! 稼ぎやすいやつから、カルマ稼がねぇとダメだろがッッ!!!」

 怒号が飛び、男たちが一斉に躍りかかる。

「あ、ああ、逃げるぞっ! リルラ、三人を連れて逃げようっ!」

 そう言った男子学生は、汗と涙、皺で歪んだ顔を向けて叫んだ。

 しかし、

「佐山……!!」

 男子学生の腹部は赤く染っており、衣服が山のように尖った盛り上がりを見せていた。

 刺されたのだ。

「かっ……、ァァあ! いっ……た。嫌だァああ……」

 顔を歪ませ、泣き声を口から溢れさせる。

「あ、ハァハァっ……! やった、やったぜ……」

 背後でナイフを突き立てていた学生は、顔を、笑顔を引き攣らせてナイフを抜き取った。

「たす、助けてえ……、」

 涙を流した男子学生は、その場に崩れ落ちた。

 倒れた瞬間、頭を地面に強打し鈍い音と共に血が滲んでいく。

「しねっ……、死ねよ、死んでくれよおおアアア!!!」

 女子学生らが叫ぶ間も無く、集団は襲いかかって来た。

 女子学生らが、無慈悲にも刺し殺されて行く。

「ひっ、ああっが……」

 ボブヘアの学生は頭を鉄のパイプで殴られ、目と鼻から血を吹き出して倒れる。

「…………!!」

 奇妙な形のナイフを構えた学生が、無造作に斬りかかって来た。

莉瑠蘭は持ち前の運動センスで、後ろへ飛び退き、辛うじて凶器を回避する。

 そして、女子学生が着ていたジャケットをすぐさま拾い、目の前の学生へと投げつける。

「うわッ……!!」

 視界を遮られるも、直ぐにそのジャケットを払い除けた。

 その隙に、莉瑠蘭は走り出す。

 キャンパスを出て、逃げ場を探しながら走る。

「た、助けて! 誰かぁっ!!」

 そう叫びながら走るが、不幸にも助けは来ず、後ろの男子学生らは迫ってくる。

「待てっ、待ちやがれ!!!」

「や、やめてっ! 来ないでぇ!!」

 縺れる足で、住宅の裏路地へと逃げ込んだ。

 入り乱れる通路を、壁に衝突しながらも駆ける。

 だが、とうとう追い詰められた。

 背中は冷たいコンクリートの壁に当たった。

「あは、あ……やだ、死にたくないよ……」

 震える声。

「はぁ、良かった、やっぱ殺しやすそうだ……」

「やっぱ、言ったろ……。細身のリルラさんなら、大丈夫だって……っ」

 2人の男子学生が、歪で必死な笑みを称え、迫り来る。

「ね、ねぇっ! 知ってる顔ならっ、見逃してよ! 協力、手伝うから! お願いッ!」

 皺を寄せ、怯えた顔で後ろの壁に張り付く莉瑠蘭。

 男は、「黙れよっ、!」と必死に叫び声を上げる。

「俺らだって、しにたく、死にたくねぇんだよ……ッ。仕方ねえたろが……。もう皆、他のヤツらも殺し合い始めてんだよっ! もっとやべえヤツらとかもいんのに!」

 莉瑠蘭の足が震えだす。

「やめて、お願いっします……」

 ゆっくりと迫ってくる二人。

 その手には、無慈悲に輝く凶器が握られている。

「あ、あの男は言ってなかったけどよ……。いろんなとこに武器が置かれてんだよっ。これもそうだ。だからなぁっ、まじで殺らないと自分が死ぬんだよっ!」

「………………!」

 そして、男たちが

「悪く思うなよ……っ」

 と、勝利を確信して得物を振り上げた、その瞬間だった。

「――やっぱり、情報を引き出すには『演技』が一番効率的だね」

 その場にいた全員の背筋に、凍りつくような悪寒が走った。

 莉瑠蘭の顔から、狼狽も、恐怖も、一切が消え失せていた。

 ただの「無」――あるいは、深淵。

「え?」

 男が呆然とした瞬間、莉瑠蘭の手が蛇のように伸び、男の喉仏を正確に握り潰した。

「ぎゅあっカハッ……」

 崩れ落ちる一人。

 ゴボゴボと血を口から、喉から零しながら体が傾く。

 莉瑠蘭は流れるような動作でその男のナイフを奪うと、横から迫っていた二人目の首を、振り返りざまに、まるで紙を裁つように横一文字に裂いた。

 ぶしゅっ。

 まるで、水気の多い果物を切りつけるような音。

「ハっ……」

 男子学生は、プシュッと血を吹かせ、切り口から多量の血液が伝い流れ出し、直立のまま体が倒れた。

「ひ……ひぃぃああ!!」

「うそっ嘘だろぉッ……?!」

「あ、ああ化け物……! バケモノだっ! さっきまで、あんなに怖がって……!」

 顔を上げ、肉食動物のように光る目線を残りの3人に向けた。

 頬には、生暖かい返り血が線を引いていた。

「あはは。化け物? 失礼だなぁ」

 莉瑠蘭は、手に馴染んだナイフの重さを確かめ、ゆっくりと残りの集団へ歩み寄る。

「ククリナイフか、いいね」

 小さな声で呟く。

 先ほどまで「服のシワ」さえ気にしていた繊細さは、どこにもない。

 返り血が、彼女の黒いタートルネックを濡らし、白い肌を赤く染めていく。

 彼女はその血を指で掬い、愛おしそうに眺めた。

「演技だよ。君たちがどこまで『システム』を理解してるか、知りたかっただけ。……でも、期待外れ。みんな馬鹿なんだもん」

そこからの惨劇は、もはや一方的な解体作業だった。

「でも、現状は把握出来たな。ありがとね」

「逃げろ、逃げろオオオ!!」

「ああああっ、やめてっ、やめろ!!、」

 叫び、逃げ惑う男たちを、莉瑠蘭はダンスでも踊るようなステップで追い詰め、一人ずつ、確実に、そして最も苦痛の少ない効率的な方法で「処理」していく。

 無駄の削ぎ落とされた、綺麗とさえ言える動きで、振り下ろされる武器を避ける。素早い体の動きで、内腿、腕、喉、頭を的確に切りつけ、刺す。

 断末魔は意外と少なかった。

 飛び散った血しぶきや染みの方が、うるさく感じる程に。

やがて、路地裏には静寂と、生暖かい血の匂いだけが残された。

「や、やややめてくれっ。許してェッ!!」

 最後の1人が、尻もちを付いて後ずさる。

「悪かったよッ! なぁ! 頼むから、お願いィッ!」

 鼻水を流す歪んだしわくちゃの顔。

 焦げ茶のカーゴパンツの股部分が濡れ始め、染みを広げる。アンモニアの温度を含ませた匂いが鼻を掠めた。

「いやだっ! やめ、やめてっ! やめろよぉオ!」

 わざとゆっくりと近づく。

 莉瑠蘭の空気は、まるで獲物を弄ぶ猫の如き容貌だ。

「いーやーだ♡」

 エロチックな猫なで声を上から流しかける。

 瞬間、振り下ろされたククリナイフは男子学生の額上部に突き刺さった。

「いや、べゥッ……」

 頭蓋骨をものともしないように、スムーズに刃が埋まっていく。

 追い打ちを駆けるように、二度、三度、四度、凄まじいスピードで、華麗に、静かに突き刺した。

 一瞬の内に静まり返る。

「イヒヒ……っ、あはは。……あーあ。汚れちゃった」

 莉瑠蘭は、自分の服にべっとりと付いた返り血を見つめ、陶酔したような笑みを浮かべる。

 それは数年前の地獄で、かつて彼が見せていた、あの破顔だった。

 鋭い犬歯の覗く、綺麗な歯列から熱い吐息を吐く。

 前髪を軽くかき上げ空を仰いだ。

「とりあえず、今日の講義は休みかな。ラッキー」

 狂気、猟奇、怪物。

 彼のどす黒い部分が全て顔を覗かせた、否、全貌をさらけ出した瞬間だった。

 莉瑠蘭は誰に言うでもなく、楽しそうに笑い声を上げた。

 カランっとナイフを捨て、機嫌良く歩を軽快に進める。

「ひひっ、楽しいじゃん。やっぱり」

 それは、狂人なのか、ゲームの適応者の出で立ちなのか。

 絶世の美しさを纏った怪物は、揺籃の中心へと足を運んでいったのだった。

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