第2話『ひとつずつしか、生きられない』

第2話『ひとつずつしか、生きられない』


 一度集中すると、他のことが見えなくなる。本を読んでいれば呼ばれても気づかないことがあるし、考え事をしていれば、気づいたときには時間が飛んでいる。

 だから、何かをやるとき、私は必ず「終わり」を決める。それが終わらない限り、次のことに手を出さない。洗濯物を干している途中で掃除はできないし、文章を書き始めたら、途中で別の作業を挟めない。

 逆も同じだ。途中で別のことを始めてしまうと、さっきまでやっていたことに戻れなくなる。頭の中の配線の配置が崩れて、どこに何があったのか分からなくなる。さっきまで確かにあった道筋が、急に霧に包まれたみたいに消える。

 効率が悪い、と言われることもある。時間に縛られている、と言われることもある。でも私にとっては、これが一番事故の少ないやり方だ。ひとつずつ、順番に。雑音を減らして、輪郭を保つ。

 でも、厄介なのは、頭の中の悩みだ。これは通知よりもずっと強く割り込んでくる。

 考え事がひとつでもあると、他のことに集中できない。楽しいはずのことも、目の前の作業も、すべてが薄くなる。頭の中で同じ問いが何度も再生されて、その間、私は何かに支配されているような気分になる。

 「考えすぎだよ」と言われることがある。でも、考えるのをやめられないのではない。ひとつしか置けない場所に、悩みという厄介な客が居座っているだけだ。

 本来なら、その客を追い出すか、眠らせるまで、他のことは始めないでいたい。けれど、現実はそうもいかない。私も一応、社会人だ。悩みがあるからといって、何もしない時間をくれるほど、毎日は優しくない。

 だから私は、できるだけポジティブに考えるようにしている。こういう経験値も、きっとどこかで役に立つ。そう思うようにしている。

 もっとも、素がネガティブなので、その前向きさも少し無理をしているのかもしれない。

 ……まあ、そのへんは、見なかったことにする。

 ひとつずつしか、生きられない。

 それは不便だけれど、今のところ、私が自分を壊さずに済む、唯一のやり方だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る