第5話 ラブコメ or ホラー
「なぁ、その転校生……廻間茜は美人だったんだろ?」
「何だよ、唐突に……まぁ、美人ではあったが」
それはクラスメイトの、否、全校生徒の、彼女を目にした時の反応を見れば明らかで、誰の目から見ても美人に該当するであろう美貌であることは間違いない。
「そして、お前の話を聞く限り、廻間茜は幼馴染として、かつてのように仲良くしたいと思っている。お前みたいな奴と知り合いだと思われたくないから、今後は話しかけるなと、絶縁宣言を受けたわけじゃない」
「後半は余計だが、その通りだ」
棘を感じるが、姉貴の言葉に間違いはない。
廻間茜は妙に積極的に、俺と関わろうとしている。半ば強引に今後の予定を作ってまで、俺との関係を続けようとしている。
「ならさ、もういっそこれを好機と捉えるのもアリなんじゃないか?」
姉貴の放った一言は、どうにも受け入れ難く、理解に苦しむものだった。理性ではない部分が、全力で拒んでいるかのようだった。
「いや、でも……」
この展開が好機である理由がまるで思い当たらず、言葉に詰まる。
「いいか? 転校という形で、九年ぶりの再会を遂げた美人な幼馴染が、かつてのような仲を求めてきた。ここだけ言うと、王道的ラブコメ展開に聞こえる。そうだろ?」
「た、確かに……」
死んだはずの、と言う一言を除くだけで、大勢のオタクが望み、
俺はラノベ主人公の一歩を、踏み出すことになるわけだ。
その後にも、王道展開が続く……そんな予感はこれっぽっちもありはしないが、ラノベ主人公ルートの、一歩目には違いない。
「一方でだ。九年もの間、悪夢と化して心身を蝕み続けた……間違いなく死んだはずの幼馴染との再会。そこを強調すると、ホラー展開に化ける」
今の俺の心情は、どちらかと言えばこっちだろう。現状は、トキメキの溢れるラブコメとは程遠い、ある意味で心臓がドキドキしっぱなしのホラー展開である。俺が九年の格闘の末にやっと沈めた、トラウマ再発コースへまっしぐらである。
「姉貴、俺は……」
どうすればいいのか、その答えに自力では到達できず、情けなく、答えを求めるような視線を姉貴に向けてしまう。
「要は、お前の捉え方次第で、青春の高校生活の一歩にも、悪夢の続きにもなるわけだ」
姉貴の言う通りだ。廻間茜の再来は、俺の心の持ちよう次第で、青春にも悪夢にもなる。これまでの灰色の日常は薔薇色にも、赤黒くもなる。
理屈としては分かる。その通りだ。
そう、頭では分かるのだが。
考えただけで、自然と拳に力が込められる。握り締めた拳が小刻みに震える。
そんな俺の手を、迷いを、困惑を、姉貴は一瞥し、その上で言う。
「だったら、割り切って楽しむ方が絶対にお得だろ? 美人な幼馴染との青春なんて、そう体験できるものじゃない。それに、向こうの正体が何であれ、生きた廻間茜と楽しく高校生活を送ってりゃ、悪夢も晴れるかもしれない」
「簡単に言ってくれるな。まぁ、言いたいことは分かるが……」
生きた廻間茜との日々は、亡くなったと言う記憶を否定するもの。長い目で見ても、悪夢を消し去る、これ以上ない好機とも捉えられる。
理性では、理屈では、納得がいく答えを姉貴はくれた。
だと言うのに、まだ、心が受け入れられずにいる。
そんな理性と本能の間で揺れる俺の様子を見て、姉貴は言葉を続けた。
「理屈で嚙み砕けても、心で飲み込めない。ならもう、咀嚼をやめて吐き出すのもいいだろう。でもな……」
姉貴が、俺の頭をわしゃっと撫でる。
「吐き出しちまったら、捨てちまったら、もう二度と口にはできない。いいのか? また、灰色に戻ってしまうかもしれないぞ」
その言葉は、俺の胸の奥深くに重く響いた。
高校に入学してからのこの一年、俺の人生は平穏だった。トラブルもなく、無難だった。体調も、そこまで悪くなることはなかった。安定していた。
でも、退屈だった。
つまらなかった。
少しだけ、寂しかった、灰色。
「お前は、もう腹いっぱいってくらいに知っているだろう? どれだけ悔もうと、過ぎた時間は戻らない。今もそうだ。この高校生活は、今しかない」
「そうだが……」
高校生活なんて、人生のうちのたった三年間。
別にいいじゃないか、これまで通りの灰色だって。また、逃げればいいじゃないか。俺が、この九年、悪夢から、廻間茜から逃げ続けたように。
所詮、長い、長い人生の一時なのだから。
そんな逃げ腰な心も、何処となく感じていた寂しさも、そのすべてを見透かしたように、姉貴は言葉を紡ぐ。
「過去から延びる悪夢も、灰色も、断ち切れる好機が今、目の前には転がってるんだ。ならばより、明るい方を、楽しめる方を選べ。楽しみながら、過去を、悪夢を乗り越えちまえ」
そう言い、何時ものように、自信に満ち満ちた笑みを浮かべた。
「全く、贅沢な理論だな」
美人な幼馴染との青春を謳歌しつつ、長年、決着の付かなかった悪夢に。過去に決着をつける。悪夢も、悩みも、楽しい記憶で踏み潰す。
実現できるなら、あまりにも理想的だ。
実現、できるのなら。
「お姉ちゃんからの人生をよりよくするアドバイスだ! 未来と今は密接に繋がってる。今を大切にし、同時に楽しめない奴は、この先もずっと先の事ばかり考え……いずれそのことを後悔する。だからこそ、この今を存分に楽しめ!」
姉貴の力説を聞き、俺は、姉貴と言う人間について思い出した。
今現在も、将来も全力で楽しむ。姉貴は、そう言う理想論を掲げ、実現する人間だったと。
俺の少し先で、理想を実現してきた人間だからこそ、その言葉には説得力があった。
姉貴の力強い言葉には、俺の中の迷いを押し除けるような、強さがあった。
いくら世界広しとは言え、これ程までに頼りある姉はそうは居ないだろう。
「ありがとな」
「ああ、しっかり感謝しろよ」
その感謝は本心で、嘘偽りは一切なかった。
しかしだ、油断は禁物である。こんな時こそ気を緩めるわけにはいかないことを、俺はよく知っている。
「それで、用件は?」
俺は、姉貴の無駄に美しい瞳をまっすぐと見つめる。
姉貴を優しくないと言うつもりはない。勿論、嫌いでもない。
しかし、だからと言って全面的に信頼していいわけではないのが、この姉貴と言う人間だ。
特に、姉貴がこういう、相手を乗せるような、耳障りの良い言葉をかける時は、決まって頼み事がある時である。
「ほう? どうして用件があると?」
「姉貴のことだ。ただただ、優しく背中を押すなんて事はない。こう言う時は、決まって用事がある。そもそも、用があるから俺の部屋に来たんじゃないのか?」
新学期を迎えた弟の様子が気になって……なんて人間じゃないことくらいお見通しだ。
「流石は弟、長い付き合いなだけはある」
姉貴は何故か嬉しそうに、悪意すら感じる笑みを溢した。企みがバレることまで想定済みなのか、落ち着きを崩すことはなかった。
「はぁ……やっぱり、用があるんだな」
「勿論!」
当然だろ?と言わんばかりの顔で、姉貴は笑う。
俺が実の姉の、恐ろしく打算的な側面に気がついたのは、例の悪夢の始まりから、数ヶ月してのことだった。
俺の体調不良を改善すべく、少し離れた街に引っ越すという話が挙がった時。
両親は俺の苦しむ姿を見ていたのもあり、引っ越しに前向きだった。
いや、今にして思い返せば、理由はそれだけではなかったのだろう。両親は共働きで、幼少期、俺は一人だった。だから、俺がどこで、誰と、何をして遊んでいるかも両親は知らなかった。廻間家との、短くはない関係も知らなかったと聞く。
あの一件は、両親が如何に幼き俺を把握していなかったのかを露呈するキッカケになった。
そこに、何か思うところもあったのだろう。
そんなわけで、両親は引っ越しを前向きに検討してくれたが、姉貴は別だ。姉貴が、俺に気を遣う理由はない。
更に姉貴は、中学に上がったタイミング……普通に考えれば転校は好ましく思わないはずだった。
そんな中、姉貴は引っ越し先はある程度自分が決めることを条件に、両親の提案を受け入れた。勿論、職場から遠くは離れられないなどの条件のもとだったが、姉貴は受け入れた。
当時、俺はそんな姉貴を素直に優しいと思った。
だが、現実は少し違う。これは後に、他でもない姉貴の口から知ったことになる。
姉貴は入学後、自身の通う中学に好みの異性も、気の合う同性もいないことを悟り、ここで貴重な三年を終える事に強い絶望を覚えていた。今なら断言出来る。姉貴は、引っ越しの件がなくとも、何らかのアクションを起こしたであろうと。何なら、あの時には既に別の手を準備していたのかもしれない。
そんな時に持ち上がった引っ越しの話。姉貴からすれば、絶好の機会だった。いち早く引っ越しの可能性に気がついた姉貴は、引っ越し圏内の地理を調べ上げ、己が青春をエンジョイするのに十分な地域をピックアップし、更に近辺の中学校とそこに通う生徒について、実際に近くまで足を運び調べていたのだ。
しかも聞くところによると、姉貴は転校先でその理由を「弟の身を案じて」とのみ語っているらしい。その通りではあるのだが、全てを知った今は、少しの悔しさもある。
そうして、姉貴はその立場を上手いこと利用し、弟思いな優しい人間像を作り上げたのだった。
お陰で、姉貴は転校先で頗る評判が良かったと言う。
巧みに周囲からの印象を操る姉貴は、今現在も多くの人に、素晴らしい人間だと賞され、好意的に思われている。
しかし、姉貴を本当の意味で、その本性まで良く知る数少ない人間はこう言う。
姉貴は先読みと、操心術の天才であると。
俺とて、姉貴の本性に気が付けるような機会に立ち会えていなかったら、今もただ優しい姉貴として、尊敬し、その頼み事とやらもすんなり聞き入れていたかもしれない。
全く、油断ならない姉貴である。
「まーねぇ。用件、ね。確かにあったんだけど……ほら、今はなんか大変そうだしさ。全然、そっちに注力してもらっていいよ」
姉貴はらしくもない、不自然極まりない爽やかな笑みを顔に貼り付ける。
やはり、姉貴が俺の事情を優先してくれた、とは素直には考えにい。
「それで、本音は?」
「お前がその幼馴染と仲良くなっていた方が、頼み事が有利に進みそうだなぁって」
「…………」
姉貴と話していると思う。
本当に、姉貴はどこまで先を見通しているのだろうと。
俺と廻間茜の再会を知り、一瞬でこの流れまでの道を引いたんだとしたら、やはり、その才能を恐ろしく思う。
それにしてもだ、こうなるとその頼み事とやらが気になってくる。俺と廻間茜の仲が深まることで、都合の良い頼み事……見当がつかないし、そもそもどうなるとそれが有利に繋がるのか、想像がつかない。
一体、姉貴はその先に何を見ているのか。
「まぁ、兎に角、今はそっちを頑張りたまえ。私も、暇があれば九年前のことについて調べておくからさ」
「なんで姉貴が?」
「未だ悪夢に魘されるお前より、例の件を何とも思ってない私の方が調べるのに向いているだろ? 一々トラウマを刺激されてちゃ、調べんのに時間がかかる」
「うっ……確かに」
俺が調べると、どうしても時間はかかるだろう。
それどころか、何時までたっても真相には至れないかもしれない。
「なるほど。つまり、情報が欲しければ、その頼み事とやらにも、従うしかないってことか」
「別に? 私は可愛い弟のために調べるだけだ」
「思ってもないことを……今更、俺相手に嘘つくことないだろ」
「嘘? 一体、何のことかな?」
姉貴はそれでもなお、しらを切り続ける。姉貴は譲らない。交渉の余地はない、他の選択肢はない。
忘れた過去を知りたいなら、動け。
そんなメッセージが、その態度から確かに伝わってきた。
「はぁ……分かったよ」
俺は知っている。姉貴には敵わないと言うことを。
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