第4話 厨二病と童〇は拗らせるべからず!

 二年生の新学期初夜、自室の勉強机の上には小難しそうな本が積み上げられ、俺には似合わない程、賢そうに飾られていた。

 これらは高校で貰った、二年生の授業で使う教材たちではない。教材らは今も折り目一つなく、綺麗なまま大人しく眠っている。


 この本たちは、始業式を終えたその足で、わざわざ大きめの図書館に行き、カードを作ってまで借りて来た書籍だ。

 医学書を始め、法律に関する書籍まで、俺は手当たり次第に幅広く、それっぽいモノを借りて来た。

 その目的は勿論、廻間茜の正体を探るためである。俺の記憶の中では、確かに死んだはずの廻間茜について知るためである。


 もしかすると、俺が思っているより世の医学は進歩していたのかもしれないし、法律と言うルールから見れば、彼女の真偽を確かめる術が見えてくるかもしれない。

 例えば、整形し、顔と名前を変えることで、十六歳の少女が死んだ人間を語ることが可能なのか。既に亡くなった故人の情報を、得る術があるのか等。

 当然、俺の疑問にストレートで答えてくれる書籍はないため、己で噛み砕き、理解しつつ、思考し、答えを探した。


 どれも、平凡な俺の頭で理解するには難解なもので、お陰で頭がくらくらしている。


 また、途中から何を血迷ったのか『新訳・黒魔術の書』などという、古本屋で見かけた、いかにも怪しげに蘇生術の書き記された書籍を買ってしまったり。

 一応、読みはした。結論から言えば、こんなものが存在するなら、まだ奇跡的にあの状況から無傷の生還を果たしたという方が、ずっと信憑性が高いという感想に至った。

 まぁ、あの値段で売れ残っていた理由は十分に理解できた。


「はぁ、どれも軽く目を通したが……結局、収穫はなかったな」


 インターネットを通し、論文なども漁ってみたが、こちらも収穫はなし。そもそも、これらは大学などの教育機関からアクセスしないと読み漁れない論文も多かった。最も、中身は読めずとも、タイトルを見るだけで、なんとなく、そんな技術がない事くらいはわかったが。


「まぁ、軽度ならまだしも、あれだけの傷跡を消せる技術なんて、あればとっくに話題になっているよな」


 それこそ、ノーベル賞ものだろう。いくら俺が、まだまだ無知な高校二年生とは言え、耳に入らないはずはない。

 やはり、俺の記憶を信じるなら、あの転校生が同一人物とは考え難い。

 ならば、良く似た他人?

 整形なら、容姿くらいは寄せれるかもしれない。

 しかし、法学的に見ても、死人を語るのは無理がある。一時、騙すだけならまだしも、簡単にボロはでてしまう。

 そもそも十六の娘が、例え一時でも死人を語るため、整形し、苗字と名前両方の改変する事は、とても現実的じゃない。赤の他人が死人を語っている説に関しては、常識的に考えれば、まず有り得ない可能性と断じていい。

 双子と言う話も聞いたことがないし、俺も、それだけはまずないと、心のどこかで確信している。


「はぁ……」


 肺の中に籠った空気を、深いため息として吐き出しながら、背もたれに寄りかかる。

 天井を仰ぎながら途方に暮れていると、部屋の扉がガチャリと音を立て開かれた。


 さて、侵入者は何者か?

 両親はまだ帰宅していないし、そもそも、ノックくらいはする常識を持っている。今、この家に居る可能性があり、かつ思春期真っ只中の十六歳の部屋にノックなしで侵入する非常識な輩と言えば、思い当たる人物は一人だけしかいない。


「姉貴?」


 当たりだった。派手やかな金に染められた長髪に、血縁を疑うほど目鼻立ちの整った女性……結城ゆうき聖華せいかが入って来る。


「おう、邪魔するよ、って……」


 部屋にズケズケと入ってくる姉貴は、俺の机の上から一冊の、特徴的な装飾の施された、男子中学生が大歓喜しそうなデザインの本を手に取る。


「何これ? 新訳・黒魔術の書? もしかしてお前、厨二病?」


 姉貴は引き気味に俺を見ているが、こんなものを見られれば、そう思われるのも無理はない。


「ちが……」


「おいおい、ダメだろ。お姉ちゃん、口煩く言ってるだろ? 厨二病と童貞は、早いうちに捨てろ。でないと、取り返しのつかないことになるって」


「……初耳だ」


 そんな言葉、聞いた覚えがない。それが、何より怖かった。

 勘違いすると言うことは、どこぞで口にした可能性が極めて高い。

 姉貴は実の弟だから辛うじて許されるような台詞を、一体何処の誰に吐いたというのか。今時、女性からだろうと、その手の発言はセクハラ扱いになる。

 冗談の可能性もあるが、この姉ならやりかねないと言う負の信頼が、恐怖を駆り立てる。


「そう? まぁ、うちの家訓だから、念頭に置いておくんだぞ」


「勝手に変な家訓作るな! と言うか、十六の息子が知らない時点で、その家訓成り立ってないだろ」


 幼馴染の悪夢により、幼少期の記憶が局所的に抜けているとは言え、それだけは有り得ないと言える。


「確かに家訓って言うのは嘘だが、でも、言ってることは割と本当だぞ? どっちも拗らせたまま大人になると厄介なことになるからな」


「くっ……」


 何だろう。妙に否定し難い説得力があるのが、余計に腹が立つ。

 確かに、両方とも拗らせなければ何の問題もない。厨二病は想像力として役立ち、童貞は清楚という単語にも置き換えることも出来る。

 しかしだ、この世の中には一定数、そう言う部分も拗らせる厄介な大人がいる事も、認めざるを得ない事実。

 青年期、強がって興味がないスタンスを取り続けた男が、中年になって心変わりし、間違った言動を取る。青年期だから辛うじて許容される痛々しさを恥じ、改め、成長する機会を得なたっか大人は……って、俺は何を考えているのだろうか。

 保存する価値もない無意味な思考を強制削除し、反論を用意する。


「はぁ……姉貴は知ってるだろ。俺にそういう余力がなかったこと」


 恋人は愚か、友人さえ作る余力が、高校に上がる以前の俺にはなかった。中学後半は精神的には落ち着きつつあったものの、受験勉強で忙しかったし、高校に入ってからも、以前とは異なり意識がはっきりした分、周囲を過剰に意識し、逆に慣れない日の連続だった。

 余裕が生まれた分、色々と見えるようになってしまった高校生活は、悪夢全盛期とは異なる辛さで溢れていた。

 皆にとっては見慣れたあれやこれやが、俺には新鮮に見えたのだから。

 時折こうも思う。

 目の前の事に必死だったあの頃の方が、まだマシだったのではないかと。


「そうだったな。お前、酷い時なんてスーパーの生肉とか魚、それについてる血を見るだけで顔面真っ白だったもんな」


 スーパーの生肉コーナーで血の気が引き、四肢の力が抜け、意識を失いかけた懐かしい日の記憶がぼんやりと蘇る。

 幼馴染の悪夢は不眠のみならず、俺の生活に様々な悪影響をもたらした。これも、そんなエピソードの一つである。


「そうだ。だから……」


「分かるぞ。あれだろう? 瓜を破……」


「違う! ってか、何言ってんだ、マジで! そんなこと考えたこともないわ!」


 全く女性経験のない俺に、そんな高度な想像力はない。


「あははっ! 分かってるって。ちょっと揶揄っただけだ」


 姉貴は豪快に、心底楽しげに嗤う。

 どうせ姉貴のことだ。俺が本気で厨二病に目覚めたとも思っていないだろう。その上で、俺はこんな本に手を出すに至る、事情を話す事にする。

 万が一にも誤解されると困るし、俺より歳上の姉貴なら、俺の知らない何かを知っているかもしれない。


「今日、転校生が入学してきたんだ。学年で、いや、学校で一位二位を争うほどの美人が」


「へぇ、良かったじゃん。どうせ、お前には関係ないだろうけど……」


 言っている事は分かるし、俺もそう思う。

 しかし、自分で言うならまだしも、他人にはっきりとそう言われると無性に腹が立つ。いや、姉貴に言われると腹が立つという方が正しいかもしれない。

 仮にこの転校生が、廻間茜でなければ「そんなこと分かってるわ!」と、強めに言葉を返したところだ。

 しかし、今の俺にそう叫ぶ気力は残っていない。

 いや、それどころか、


「はぁ……むしろ、そうならどれほど良かったことか」


 美人な転校生との関係。今回に限って言えば、あって欲しくはなかった。


「何かあったのか?」


「まあ、な。転校生を見た時、今の今まで思い出すことさえ出来なかった幼馴染の顔が浮かんで、面影が重なった。それだけなら、ただの偶然。でも、その後彼女は自己紹介でと名乗った」


「廻間茜って、お前が死んだって言う……」


 姉貴も、事態の異常さに気がついたらしく、その顔には珍しく困惑の色が見える。


「ああ。それだけでも十分パニックだってのに、帰り際に、直々に幼馴染宣言を受けて。逃げようとしたお詫びに、今度奢る約束を取り付けられた」


 あまりにも、それこそどれだけぶっ飛んだラブコメよりも現実離れした出来事に、姉貴もしばらく言葉を返せずにいた。

 現代の許婚設定だの、非モテの謎ハーレムだのの方が、まだずっと現実的に思える。

 死人の復活は、それこそ、ファンタジーの領域。ラブコメに持ち込むには、重た過ぎる設定だ。


「……なるほどね。もう十年近く悪夢の中にいた、死んだはずの幼馴染が転校してきた、と。そりゃ、こんな怪しげな本も手に取りたくなるわな」


 姉貴も、俺の言葉を介し、幼馴染の死に際を把握している。

 俺の記憶の中の彼女は、とても助かるような状況じゃなかったはずだ。ガッツリと凹んだ頭部も。地面に強打し、血塗れの顔面も。瓦礫に潰された胴体も。いくら現代医療が発達したと言え、無傷で再生できるとは思えないし、九年前の医療にそんな力があったとは、やはり思えない。

 俺の記憶が正しければ、助かるような状況じゃなかったはず。

 せめて、車椅子なり、目に見える傷跡があれば……まだ、納得も出来たんだが。


 傷跡一つない、綺麗な肌。それに彼女はこう言った。

 運動は得意である。

 どれも平均を超えているというあたり、どこにも後遺症はないのだろう。


「姉貴は、廻間茜について何か知っているか?」


 またしても姉貴にしては珍しく、驚きの様子を見せる。


「……いいのか?」


 俺の前で廻間茜の話は持ち出さない。姉貴でさえ守る暗黙のルールに、俺から触れたことが意外だったのだろう。

 俺に過去を追求するような、勇気はないと思っていたのだろう。

 それは否定のしようもない。勇気なんてありはしないのだから。

 俺だって、自然に忘れるのを待てるなら、それがいい。時間が風化させてくれるなら、それがいい。

 しかし、そうは言っていられない事態になった。

 俺は悪夢に、向き合わなくてはならない。


「ああ、話してくれ」


 俺の覚悟を悟った姉貴は当時を思い出すため、しばし考え事に耽る。


「そうは言ってもねぇ。残念ながら、私も良くは知らないんだ。知ってるのは、廻間家がかなりの資産家で、かつ、円満な家庭だったと評判だったこと。それと、超絶美人ながいたってことくらいだ」


 廻間家の仲の良さと、娘の可愛さは、当時近所でも有名だったらしい。


「だから、事件当時一番の謎は、どうしてうちみたいな平々凡々な家庭の、これと言った長所もないお前が、あの家の一人娘と仲良く遊んでたのか。私も両親も、あの屋敷に出入りしてたことさえ把握してなかったし」


 あの日、凄惨な事故が起こるまで、俺が廻間茜と親しげだったことは、廻間家の人間以外誰も知らなかったそうだ。


「その事故の詳細も、私は知らんしな。何せ、広い屋敷の中の事故だ。救急車が来たこと。以降、娘の姿を誰も見なかったこと。廻間家から活気が消え、周囲との交流も途絶えたこと。それくらいしか、私は知らない。あれから少しして、廻間家もうちも引っ越したしな」


 廻間家が引っ越してから数ヶ月後、俺たちもあの街を離れた。あの街から離れることが、少しでも悪夢を遠ざけるのではないかと、そう思って。


「そうか。姉貴も知らない、か」


 認めたくないが、姉貴は賢いし、昔からご近所情報にも明るい。時折、都合よく記憶を失うこともあるが、大抵のことは覚えている。

 だから姉貴ならと期待したが。

 廻間茜の真実は、再び深い闇の中へと溶けて消える。

 生存を肯定する理性と生存を否定する本能の喧嘩は、治りそうにない。


 暗い表情のまま、しばらく俯いていると、姉貴が話し始める。

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