第4話 ラトス

 冬が深くなっていく。雪が更につもり、窓を圧迫するほどの積雪となった。龍は山の中にこもり、音がなくなる雪山。風は相変わらずのうなり声をあげる。『どうだ、お前は俺には勝てない』、風が龍に声を荒らげているようだ。

 そんな悪天候の中、村長のノットンが医者を連れて帰ってきた。重い足取り、積雪に足を取られて一歩一歩雪が靴底に張り付く。ザクザクザクザク、歩くたびに聞こえてくる音は気持ちのいいものだが、歩いているものにとっては耳障りこの上ない。ノットンは息を切らせてビートの家にたどり着いた。

 家の前の雪をどけていたビートはノットンと医者の男を見て顔を輝かせる。


「医者を連れてきた」


 ノットンの声で医者の男が微笑んでお辞儀をする。子供にも隔たりのない医者はすぐに家の中に案内される。

 熱にうなされるシーナ、その様子を見た医者はすぐに容態を調べ始める。

 舌、喉、目、耳、胸、手を見た医者は首を傾げた。舌と喉は腫れていない。目はよく見えている。耳も腫れがない。脈は少し早いが正常、手に痣も何かに噛まれた後もない。

 原因が分からない。医者はそう言って首を傾げた。


「何も悪い所がないです」


 医者はそう言ってノットンに首を傾げて見せる。

 こんなことは初めてです、と付け加えた医者は持ってきたカバンから瓶を取り出す。

 ポーション。体力を回復してくれる魔法の薬。とても高価で平民では手を出せない代物。金貨1枚の物だ。

 この雪山の村が銀貨5枚程で買えてしまう。ポーション一個でそんな村が20も買えてしまう。村と町ではそれほどの価値の違いが存在している。医者を呼ぶのもかなりの無理をしたのだろう。ノットンは首を横に振った。


「正常ですが、息が荒い。体力が落ちているはずです。元気の出るこのポーションを飲ませればすぐに元気になると思いますが……」


 医者は申し訳なさそうに言ってくる。ビートはそれを聞いてノットンを見つめた。金の問題、村長という立場でも村以上の価値の物は持っていない。助けることはできないと悔しそうに目を伏せる。

 ビートは医者のズボンを掴む。医者の良心に訴えるように見つめる。子供の必死な表情に医者は大きなため息をついた。


「僕も鬼じゃないよ。ここに来たのも無理してきたんだ。折角来たんだから助けるよ。困っている人がいれば雪山だろうが、大海だろうが行く所存。出世払い、君とお母さんに幸あれだ」


 医者の男はそう言って赤い液体の入ったポーションをシーナに飲ませる。水とは違うものが口から入ってくる。彼女の体はその栄養をめいいっぱい吸収しようと喉を鳴らす。

 その音を聞いて医者とビート達は驚く。僕らでもそんな音はでない、そう思って様子を見ているとすぐにシーナが目を開く。


「……誰?」


 目を開いた瞬間、医者の顔を見て呟くシーナ。

 見知らぬ人が目の前にいる。それに力なく驚いて医者の胸を手で突き放す。

 それを止めるでもなく、ビートがシーナに抱き着いた。我が子に気が付いた彼女はすぐに抱きしめ返す。その様子を見てノットンとナユは涙を流した。


 それから二日程、医者の男、ラトスは村に留まった。積雪で下山は危険。冬に雪山は一瞬の油断が命を絶つ。雪に足を入れるとそこはクレパス、断崖の裂け目。そこに落ちたものはみな、頭から落ちて死を迎える。

 死と隣り合わせの村。彼は自然に監禁されてしまった。

 だが、それも悪くない、ラトスはそう言ってシーナの容態を見る。


「まったく、こんなに綺麗な人と可愛い子を置いて別の女と。男の風上にも置けない奴だ」


 フンスと憤りを露わにするのはラトス。シーナと親しくなるのも自然なことだった。一週間程更に滞在すると彼はシーナに恋心を抱いた。

 ビートと共に生きると思っていた彼女はラトスとの出会いで夢を大きくさせた。

 ラトスはそれからも村に滞在した。シーナが完全に元気になって一緒に森へと散策に行くこともあった。

 ビートはそんな二人の後ろを歩く。楽しそうに話す母に少し寂しさを感じつつも嬉しく思った。僕のお母さんがどんどん綺麗になっていく。ラトスがそれをしてくれてる。自然とラトスに惹かれるビート。一緒に遊んでもらうのにそんなに時間はいらなかった。


「おっと! ビート早すぎるよ」


 ラトスと雪合戦を始めるビート。開戦を待たずに彼の足に雪玉を当てるビートは舌を出していたずらっぽく隠れる。ドラゴンの卵を抱える彼はピョンピョンと跳ねてはラトスに雪玉を当てていく。

 まるで雪ウサギだ、当たらない。驚いて声を上げるラトス。冒険者でもこの雪の中をあんなに早く走れる人はいないよ。彼はそうビートを褒めて頭を撫でる。雪合戦はビートの勝ち。

 勝ったビートはお願いを口にする。町の話だ。


「町はとっても大きいよ。この村が10個、いや20個くらい入るほどの大きさだ。城壁に囲まれていて住民も2000人くらいいるんじゃないかな?」


 町の話をしてくれるラトスにビートは憧れの目を向ける。

 彼は父の職業を知っている。冒険者だ。ビートは将来は冒険者になるんだ、と夢見たこともあった。

 父に母が捨てられたと知って諦めかけていた夢。ラトスの話を聞いて夢の炎を再点火させる。その火はとても強く彼の心を燃やした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る