第3話 シーナ
龍をも凍らす雪山の風。ビートとシーナの悲しみの声を連れ去り忘れさせる。
龍が泣くような声が山から聞こえてくる。風が運んだ二人の悲しみが連鎖していた。しかし、すぐに風がうななく。龍が泣くのをやめたのだろう。
二人が悲しみを忘れたというのに龍が泣くわけにはいかない。涙は二人のものだから。
「シーナさん。どうですかな? 旦那さんが来なくなると聞きましたが?」
村の村長さんがビートの家にやってきて声をかける。心配して声をかけた村長さんは野菜をいくつか持ってきてくれた。
シーナはお礼を言うと涙も見せずに話す。『あの人は最初からいなかったんです。今はビートがいるので大丈夫』、そう答えてニコッと笑う。
たまにしか帰ってこなかった人よりもビートの方が大事。それに気が付いたシーナはまた一つ母として成長を果たした。
ビートはその声を聞いて口角が勝手に上がる。僕がお母さんの役に立てた、そう思って笑顔が勝手にできる。
その日のビートは薪拾いを頑張った。ドラゴンの卵を抱えたまま一生懸命薪を拾う。
「ビート。薪拾いありがと。卵を抱えたままじゃ大変でしょ。少し貸してみて」
今日はビートと一緒に森を散策するシーナ。気分転換もかねて大好きなビートと一緒に森を散歩したかったようだ。
ビートがドラゴンの卵と同じくらいの大きさだったころ。赤ん坊の頃に使っていた抱っこ紐を持ってきたシーナ。
彼女はドラゴンの卵をうまく括って、ビートの背中に背負わせる。自由になった両手で沢山の薪を拾っていく。
とても動きやすくてビートは大喜び。ピョンピョン跳ねる彼にシーナは首を傾げる。
「ビートが触っていないと重い。それなのにビートは軽々飛び上がってる。変な岩ね」
変な岩、シーナはそれだけで調べることもしなかった。そんなこと些細な事、大好きなビートが楽しそうならそれでいい。
そう一蹴してビートの手を取る。自由になった手はお母さんと手を結ぶこともできる。ビートはまた一つ賢くなった。
背中にドラゴンの卵を背負えるようになってから三日程が経った。
ビートは毎日の薪拾いが早く終わることに気が付いて、頂上まで登る日が増える。息が白くなり、手足がしびれる程の寒さが襲い掛かる。
そのはずなのにビートは汗をかいて服を一枚脱いだ。『今日は暑いな~』と呑気に呟くビートは嬉しそうに空を眺める。
「太陽さんこんにちは」
サンサンと照らす太陽に声を上げるビート。はだしになって崖から足を覗かせる。ブラブラと足を振ると寒暖の差で白い湯気が上がる。
ビートの体温がかなり上がっている。風邪か? いや、それ以上の熱を出している。普通の人間ならば動けないほどの熱だ。
座っていた崖の雪が水に変わる。水は崖から落ちて、雪に穴を作り氷へと至る。
それだけ冷たい世界、ビートの周りだけ南国の様相に変わる。
「あ! 虹だ~。お母さんが健康でありますように」
まるで流れ星に願いを祈るようにビートは虹にお祈りを捧げる。その願いは悲しくも裏切られる。
家に帰ったビートは暖炉の前の椅子で眠るシーナを見つける。息が荒く顔が真っ赤なシーナ。声をかけても答えてくれない彼女に異変を感じた彼はすぐに村長の元へと駆けた。
「こ、こりゃあ流行り病じゃ。医者を呼ばんと……しかし、丸二日はかかる距離にしか医者はおらん」
村長はシーナの様子を見て声を上げる。それを聞いたビートは涙を浮かべる。
更に村長は『急がんと危険じゃ。ビート、待っておるんじゃよ』と言って家の外へと出ていく。
一人にされたビートはシーナの様子を見てギュッと手を握る。
お母さんが辛そうな表情をしてる。僕はどうしたらいいの。ビートは何もできない自分に憤りを感じた。
バチバチ! 暖炉の火が消えかかる。ビートは音に気が付いて薪をくべる。
「大丈夫かいビート」
薪をくべていると村長の妻のナユがやって来た。ビートを取り上げた助産師でもある彼女は、開いているかもわからない目で彼を見つめて口角を上げる。
ビートは涙を浮かべてナユに抱き着いた。
「待っとれまっとれ大丈夫じゃよ。今、ノットンが町に行っとるから。すぐに医者と一緒にやってきて救ってくれる」
抱きしめて背中をポンポンと叩くナユ。ノットンは村長の名前、ナユはノットンを信頼してビートを勇気づける。
ナユは濡らした布地をシーナの額につける。ビートはそれを見て感心すると、『僕もやってあげたい』と言ってナユの代わりに水に布地を浸す。シーナはビートが布地を額につけると息が整う。荒かった息が整うとビートは安心してあくびを一つする。
いつの間にか外は真っ暗になっていた。
「ビート。夜も深くなってきた。ここは儂に任せて眠りなさい」
ナユのゆっくりな声に安心して眠気が襲う。それでもビートはシーナのベッドから動こうとしなかった。彼女の横で眠ってしまうビート。ナユはゆっくりと椅子から立ち上がると、ビートを抱き上げる。
軽い……驚くほどの軽さにナユは首を傾げた。そして、彼のベッドに寝かせるとゆっくりとため息をつく。
ナユは彼らの食事のメニューを考えながらシーナの看病を続けた。
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