第4話 牛丼1

朝、すずめがチュンチュン外で鳴いている。

昨夜のラジオの件は、多少話題にはなったものの、特に炎上することはなかった。


理由はひとつ。

レナの実家で飼っている犬の名前が「タクト」だ、ということになったからだ。

……まったく、冷や冷やさせられる。


ちなみに俺は知っている。その犬、実際にはレナの実家の犬ではない。御手洗さんが飼っている犬だ。非常に危うい。とにかく俺はこれから先、レナとは距離を完全に取っていないといけない。


俺が少しでもレナに好意を示せば、レナはまた俺と付き合おうとするだろう。それはダメだ。レナはアイドルとして頑張らないといけないから。


歯を磨き、リビングに行くと、母さんはすでに仕事に出ていた。


五百円玉が置かれている。いつものことだ。

いつもなら通学途中のコンビニに寄ってパンの一つでも買うのだが、食欲がわかなかった。


レナと別れたこと……いや、もう会えなくなってしまったこと――――それが俺の体を不調にさせていることは言うまでもない。


朝から何事もなく授業を受けた。昼休みになっても腹は減らなかった。

このまま俺は飯を喰わないまま過ごしていくことになるのだろうか?そんなことを思ってしまうほど、腹が減らない。


だが……。

さすが男子高校生。


午後四時、学校から帰っている途中……胃袋は正直で「もう限界だ」とはっきり主張してきた。


自転車をこぐ足をゆるめる。なぜなら、真横に牛丼屋があるから。


「喰うか。牛丼……」


自転車をとめて、入店し、食券を買い、カウンターに座る。


向かいの席ではサラリーマンが無心で牛丼をかきこんでいた。


――そうそう。


これが俺の日常だ。

九条原レナがいるような芸能界ではない、あんなバカでかい高級ホテルは俺の日常じゃない。

俺とレナはもうステージが違ってしまったのだ。


「牛丼の大盛、お待たせましたー」


湯気の立つ牛丼を前に、箸を取る。

そして、まずは紅ショウガを小さなトングでつまんで肉の上に乗せる。

七味を取って、パッパッと軽くかけた。


牛丼タイムの始まりである。

さあ、喰うぞ。と思った瞬間……。


「……牛丼、並で、ポテトサラダごまだれと、生卵、あ……あと、豚汁もください」


店員が厨房に向かうため、俺の前を通っていく。

俺はそっと右を向く。

俺の席から一つ空けて、その向こうに座っている女性。

その声は明らかに聞き覚えがありすぎる……。


帽子を深く被り、サングラス。

艶のある黒髪。白い肌。細い首。


それは明らかに……九条原レナだった。


「……うぉ」

思わず小さく声をあげてしまう。


「…………」

しかし、レナは俺を一瞥しただけで何も言わず視線をそらした。


…………。

で。レナはまたこちらを向いたかと思うと、

「お前、誰ですか?」

と言った。



はああああぁぁ?


「(小声)……お前、こんなところで……何してるんだよ」


「(小声)地元ですけど、……何か?」

レナは淡々とそう言った。



そこで、レナのもとに先ほど注文したものが到着する。

レナは早速紅ショウガを牛丼の上に乗せていくのだが、おいおい……それは多すぎるぞ。モリモリじゃないか。二郎系のラーメンのもやしがごとく。


それじゃ塩分過多になるぞ?レナ!


サッ。

レナはこちらを向いた。


フッ。

俺は慌てて視線を自分の牛丼に戻す。



一拍置いてから、レナは今度は七味をパッパッパッパッパ……パッパッパ――かけすぎだからァァア!!!


サッ。

レナはこちらを向いた。


フッ。

俺は慌てて視線を自分の牛丼に戻す。






ん?


こいつもしかして、俺のリアクションを気にしてるのか?


すると今度は卵を持って、別皿に割る。

「(小声)あっ……殻入っちゃったぁ」


サッ。

レナはこちらを向いた。


フッ。

俺は慌てて視線を自分の牛丼に戻す。




こいつ……意図的だァ。



レナは豚汁のお椀を持つと、すぅっと口をつけた。

「(小声)熱ッ……」


サッ。

レナはこちらを向いた。


「(小声)気を、つけろよ……」

とさすがに無意識に声をかけてしまう俺。


するとレナはそこでニマァァと笑った。

「(小声)ん?もしかして、拓斗、私のこと心配してくれてる?」


「(小声)そういうことじゃねえし」


「(小声)じゃあ、これはどうでしょう……」


そう言って、レナはコップに入った氷水を一気に飲み……――


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