第3話 理由

マネージャーの御手洗さんから、メッセージが届いた。


<ご苦労様でした。それでは、手切れ金の三百万円は、指定の口座に近日中にお振り込みいたします。>


俺は短く返事を打つ。


<わかりました。>


それで終わりだった。

一堂拓斗いちどうたくとと、九条原くじょうばらレナの物語は、ここで閉幕する。


  * * *


……これでいい。

レナがアイドルとして売れるために、俺は邪魔な存在だった。


御手洗さんから直接連絡が来たときは、正直驚いた。

だが、話を聞いていくうちに、納得せざるを得なかった。


アイドル――それは、レナの夢だった。


小学生のころのレナは、人見知りで、人前に立つと緊張して失敗ばかりしていた。

そんな彼女が、今では何千人もの観客の前で、歌い、踊っている。


それは、素直にすごいことだと思う。

そして、その夢のそばに俺がいることは、きっと足かせにしかならない。


御手洗さんの言い方はあくまで丁寧だった。

だが、つまるところ、「レナと別れてほしい」という話だった。


レナは感傷的になることが多く、些細な喧嘩のたびに「別れたい」と切り出してくることが多かったので、それを今回利用することになった。


この案は、レナを普段から世話するマネージャーである御手洗さんによるものである。そうだよな。レナのプライベートの様子を知っている人の作戦だ。


で、金の件だが、事務所としても、俺に対して多少の申し訳なさはあったのだろう。

その詫びを、金という形にして渡す――それが、今回の手切れ金だった。


ぶっちゃけ、金なんてどうでもよかった。だが、レナのそばを離れると決めた今、それを拒むための気力は残っていなかった。


だから俺は、流れに身を任せることにした。


  * * *


エレベーターが到着する。誰も乗っていなかった。

それに乗り込み、一階に降り、ホテルをあとにする。


駅に入り、切符を買おうとしたそのとき、俺はようやく自分の右手が強く握りしめられていることに気づいた。

あれほど別れの瞬間を何度も頭の中でシミュレーションしてきたというのに、どうやら俺は思っていた以上に動揺していたらしい。


右手の指は白くなるほど力が入り、爪が手のひらに食い込んでいた。

じんわりとした痛みが、遅れて現実を連れてくる。


自宅に帰り、シャワーを浴びて、ベッドにもぐりこむ。

いつもなら一日の終わりを実感するはずなのに、今日は現実味がなかった。


――――スマホを手に取る。

通知は何もなく、静まり返っていて、レナからの連絡はもちろん、御手洗さんからの続報もない。


当たり前だ。……もう、俺に報告する必要なんてないんだから。


この時間、レナはきっと仕事をしている。ラジオの生放送。その前に、あんな感情を揺さぶることして、本当にごめんって思う。


布団の中で天井を見つめながら、俺は迷いつつも、スマホでアプリを起動し、ラジオを再生した。


スピーカーから、レナの声が流れてきた。

明るくて、弾むような声。いつものアイドルの声だ。


……ああ、そうだ。

その調子でいい。


よしよし。

ちゃんと笑ってる。それでいいんだ。


そんなふうに思いながら、俺はラジオを止めることもできず、結局最後まで聞いてしまった。音楽関係のラジオで、ゲストにレナが呼ばれ、好きな音楽の話をしていた。


そして、エンディング。

最後の言葉として、レナは振られた。


「まずはじめに……このラジオは、約5万人の方が聴いてくださっていると聞きました。さらには、後日アーカイブ配信もされると思います」


淡々とした、締めの前置き。

――の、はずだった。


「……でも、ごめんなさい」


一瞬、間が空く。

胸の奥が、嫌な予感でざわつく。


「……私、言いたいことがあって……」


え?なんだその言い方。

ちょ、レナ、お前……何を言う気だ?


「……今でも、タクトが大好きなんです」


――――は?


思考が、完全に止まった。


おい。

おいおいおいおいおい!


何言ってんだ。

何万人に向かって。

しかも自分でアーカイブも残るって言ったよな?


「うおぉおおおおおおおおおおおおい!!」


俺は布団の中で、思わず叫んでいた。


これは、別れたはずの俺と、国民的アイドルになった幼馴染が、もう一度想いを通わせ、そして――夫婦になるまでの物語だ。


……たぶん。







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