第2話 不審

九条原くじょうばらレナ――――。


幼馴染で、幼いころからずっと俺のそばにいてくれた存在だ。


そんなレナは今や、「KyunMag!《キュンマグ》」というグループで人気を博し、トップクラスのファン数を誇る国民的アイドルとなった。


そして俺は、そのレナの恋人だった。

しかも、結婚を前提に付き合っていたのである。


そんな俺は今日、高級ホテルの最上階にある一室へ呼び出され、別れを告げられた。


普通、国民的アイドルと交際し、将来は結婚まで考えていた――

そんな状況は、人によっては……いや、多くの男にとって、とんでもない栄誉だろう。


かくいう俺自身も、それを1分1秒、常に噛みしめていた。


――そう、ほんの少し前までは。


だが今の俺は、レナから別れを告げられてなお、

不思議なほど嬉しく、そして清々しい気持ちでいっぱいだ。


その理由とは……――



  * * *


部屋を出ようとした俺の背中に、レナの声が飛んできた。


「ちょ……ちょっと待ってよ!」


一瞬迷ってから、俺は足を止めた。


「芸能人のお前と違って、俺は明日も学校があるんだ。早く帰りたいんだが?」


「な、何なの……マジで……ほんとムカつくッ!」


「清楚で透明感抜群の優等生キャラはどこにいった?」


「うるさいッ!もう黙れ……ほんと最悪!」


レナは両手をぎゅっと握り、床をだんだんと踏み鳴らした。


「おい。下の階の人に迷惑だぞ」


「うるさい!拓斗、ほんとウザい!」


「……お前の望みどおりにしただけだろ」


「ああああ、もう!それが一番ムカつくの!」


そこで俺はちらりと窓際を見た。マネジャーの御手洗さんは、腕組みしたまま無表情で俺を見ている。

そして、視線を外し、腕時計を見た。

その仕草が、「早く帰れ」と言っているようにしか思えない。


「……ほんと、意味わかんないんだけど。拓斗」


そう言って、レナは目から涙を流した。


「世の中の……たくさんの男の人が……私のこと……好き……なんだよ!?

いっぱいの人が私と付き合いたいって思ってくれてるんだよ。レナは、そんな女の子なのに私と別れていいの!?」


彼女は、感極まってくると自分のことを「レナ」と呼ぶ。それもまた昔からの癖だ。


「……レナ、お前はどこまでうぬぼれてるんだ」


「何で、そんなこと言うの!?……信じらんない!」


レナは唇を噛む。


「私……頑張って、アイドルになったんだもん……」


その顔は、保育園のころから何度も見てきた泣き顔だった。


強がって、我慢して、最後にはめいいっぱいの悔しさがあふれる、この表情……。


ずっと変わらない。


俺たちは、同じ小さな町で育った幼馴染だ。


保育園から中学まで、ずっと一緒だった。

中一でレナはアイドルを目指し始め、中三の卒業式の日、俺たちは付き合い始めた。


そこから、レナが売れるまで――本当に、あっという間だった。


「……なあ、レナ。もう帰っていいか?」


「拓斗、最低……」


「そうかもな。でも、これ以上はあまりに不毛だ。結論はすでに出てる」


するとレナは本格的に涙をぼろぼろ流し始めた。


「私、今から一時間後には生配信のラジオに出演するんだよ。

どうしてくれるのよ、……この気持ち。テンションがた落ちだし……」


「そんなこと知るか。お前の望みどおりになったんだから、それは自業自得だ」



泣き声を背に、俺は部屋を出た。



国民的アイドル九条原レナと結婚するはずだった俺は、振られた。


ドアが閉まり、オートロックの音が響く。


さて、帰って寝るとするか。明日は、普通に高校がある。


エレベーターのボタンを押して、55階まで来るのを待つ。


う……。


うう……。


目頭が熱くなり、俺はせきを切ったように涙があふれてきた。


「……ぐ……」


泣くな俺。


もし到着したエレベーターに人がたくさん乗っていたらどうする?


こんなボロ泣きの姿を他人様に見せるわけにはいかない。


俺は服の袖で涙を拭き、深呼吸した。


そうだ。これは<嬉しい出来事>なのだ。


レナと別れることができた。それは喜ばしいことなのだ。




ピロン。音が鳴った。


スマホにメッセージが届いた。

送り主は、……マネージャーの御手洗さんからだった。



そこに書かれていたのは……

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