13/
夜の部屋は静かだった。静かすぎて、音が一つ鳴るたびにそれが「出来事」になってしまう。
わたしは帰宅して制服を脱ぎ、私服に着替えたあとも、しばらく照明を点けなかった。窓の外の街灯が、規定内の明度で部屋の輪郭だけを浮かび上がらせる。こういう光は落ち着く。落ち着くように作られている。落ち着くように作られているものに、わたしたちは依存する。
最低限の食事を摂り、端末を机に置いたままベッドに倒れ込む。仰向けになって天井を見る。白く均一で、汚れも模様もない。白は純粋の象徴として扱われるが、わたしはそれを信じていない。白は混ざり物だ。すべてが混ざった結果の色だ。だから最も汚れやすい。汚れた瞬間に「白ではなくなる」のではない。最初から白は、汚れを内包している。そういう矛盾を、社会は好む。人間は矛盾を抱えたままの方が従順になる。
今日は三件。三件とも軽微。三件とも報告書の上では「異常なし」。それでも線はあった。薄く、短く、賢く。線はもう、地面だけに現れない。人の動きが線を描く。滞在時間が線になる。撤退のタイミングが線になる。誰かがテンポを決めている。テンポを決められた集団は疑わない。疑う前に身体が動く。
目を閉じると、広場の地面が浮かぶ。地面に染み込んでいた色。短刀を突き立てたときの抵抗。刃が「何か」に刺さった感触。あれは物質じゃない。だが、確かに硬さがあった。彩因が構造を持ったとき、物理に似た反応が生じる。だから危険だ。危険なのに、数値は基準内のまま進行する。基準という線の内側で、別の線が引かれる。
わたしは枕元に置いた彩度計測機に手を伸ばし、画面を点ける。自分の彩度は正常範囲。いつもどおり。いつもどおりすぎて、逆に不安になる。人間の心が数値で測れるのなら、測れない部分が必ず残る。残った部分が、いちばん危ない。
彩因という概念は、説明しようとすると必ず嘘になる。色彩エネルギー。色彩情報。感情の残渣。どれも一面では正しいが、全体ではない。だから制度は、彩因を「扱える形」に変換して管理する。数値にする。閾値を設ける。基準値以下なら問題なし。基準値を超えたら問題あり。世界はその単純さに救われている。救われているから、誰も手放せなくなった。
だが、今日の線は、基準の単純さを嘲笑っていた。線は「値」ではなく「形」だ。形は、意図の痕跡だ。意図は人間の外、集団の外、制度の外にある場合がある。制度の外にある意図を制度は嫌う。嫌うから、見ないことにする。見ないことにするからその芽は育つ。
わたしは機動防染隊にいたときのことを思い出す。臨時幹部要員として前線に放り込まれた短い期間だ。暴動は、いつも静かに始まる。最初は人の動線が詰まり、次に声が増え、最後に色が溢れる。色が溢れた瞬間、人は「自分は正しい」と確信する。正しい確信ほど危険なものはない。確信は他者を不要にし、不要にされた他者は敵になる。わたしが見ている線は、あの前夜の空気に似ている。だが決定的に違う。あのときは敵が見えた。旗が見えた。声が見えた。今は何も見えない。ただ、形だけがある。
中央即応防染隊の予備隊員としての訓練で、わたしは「最悪を想定する」ことを叩き込まれた。最悪とは、彩獣の大量発生だけではない。指揮系統の断裂、通信の遮断、命令の不一致、現場が現場として機能しなくなる状態。最悪の本質は破壊ではなく、判断不能だ。判断不能の状態では、正しい行動が存在しない。存在しない正しさを求めて、人は凍りつくか暴走する。そのどちらも、彩因を増幅させる。
ベッドの上で、わたしは指先を握り込み、グレインの引き金の感触を思い出す。撃たなくても、構えるだけで身体が落ち着くのは危険だ。武器に落ち着きを預けるのは、人間が人間であることを放棄する第一歩だ。それでも、現場では必要になる。必要になるように世界が作られている。必要になるように、線が引かれている。
今日、上から言われた。「現場判断が過剰になっていないか」。言葉は丁寧だった。だが意味は明確だった。問題を増やすな、責任を増やすな、秩序を揺らすな。秩序のためなら、現場が何を見ても構わない。見たものを見なかったことにできるなら、その方がいい。わたしは非公式ログを消した。消したという事実だけが、わたしを守る。だが、守るのは、わたしの身分であって、世界ではない。
ハイマの声が頭の中で反響する。「軽微に戻ったときが一番危ない」。あれは経験則だ。火が見えているうちは消火できる。火を火として認めないうちは、燃え広がる。今日、彩獣が出た。対策部隊が入った。世界はそれを「収束」と呼ぶ。収束は、終わりを意味しない。収束は、次の条件が整うまでの静止だ。線を引く者は、それを確認しただろう。線が塊になったとき、対策部隊がどう動くか。現場がどこまで介入できるか。上がどこまで黙るか。すべてが、観測されている。
観測という言葉が、舌の裏に残る。誰が観測している、何のために。目的は何だ。問うたところで答えは出ない。答えが出ない問いを抱えたまま現場に立つのは危険だ。だが、答えが出ないまま現場を離れるのも危険だ。危険と危険の間に、わたしは立たされている。しかも、それが規定に書かれていない。
枕元の端末が震える。心臓が一瞬だけ跳ねる。画面を見ると、中央即応の定期確認ではない。防染課の内部通知でもない。知らない番号。非通知ではないが、登録もない。わたしは一拍置き、呼吸を整えてから、画面を伏せた。出ない。出る理由がない。出ない理由は、いくらでもある。だが、その震えが止まったあとも、部屋の空気が変わったまま戻らない。たった一度の呼び出しで、わたしの中の何かが「選別」された気がした。
わたしは天井の白を見つめ、目を閉じる。眠りは、来ない。眠りは、いつも仕事の外にあるはずだった。
しかし、最近は違う。仕事が生活の内側に侵入しているのではない。生活の方が、最初から仕事に侵入されていたのだと気づくだけだ。色は管理され、動線は整えられ、感情は抑えられ、正しさは配布される。配布された正しさを受け取ることが、楽に生きる方法だと人は言う。関心を持たない方が楽だと、わたしも言ってきた。
それでも、線は見えてしまう。
見えてしまった線を見なかったことにするのは、技術だ。職務技能だ。成熟だ。生存だ。けれど、その技術の積み重ねが、いつか世界を空洞にする。空洞になった世界に、彩獣はよく似合う。彩獣は人間の感情や記憶を媒介にして現れる。なら、感情を薄くした社会ほど安全なはずだ。だが実際には逆だ。薄くした分だけ、境界が脆くなる。境界が脆いところに、線が引かれる。線が引かれるところに、塊が生まれる。
わたしはベッドの上で身体を起こし、暗い部屋の中で小さく息を吐いた。明日も現場がある。線がある。上は軽微に戻れと言う。現場は軽微の内側で止めろと言う。ハイマは止まらないと言う。ソルバは逃げ道が必要だと言った。クルリは拾ってしまう。サスは黙って数値を追う。カサルは道具を磨く。わたしはどれでもないし、どれでもある。
枕元の計測機が、淡く光っている。正常範囲。問題なし。わたしはその表示を消し、暗闇に戻した。正常範囲という言葉ほど不確かなものはない。正常範囲は、誰かが決めた線だ。なら、誰かが別の線を引くこともできる。わたしが見ている線は、その「別の線」だ。細く、薄く、しかし確実に世界の内側を走っている。
もう一度目を閉じる。眠れなくてもいい。眠れないまま朝を迎えるだけだ。朝はいつも同じ色をしている。そう言い聞かせながら、わたしは自分の中に残った感触を確かめる。刃が刺さった抵抗。線が崩れた瞬間の空白。警告音が鳴る直前の静けさ。あれが次に来るとき、わたしはどこまで許されるのか。許される、という言葉自体がもう間違っているのかもしれない。許す者が誰なのか、分からないのだから。
それでも、わたしは現場に立つ。理由は単純だ。線を見てしまった者が、線から目を逸らした瞬間に、世界は簡単に形を持つ。形を持ったものは、もう軽微ではない。軽微ではないものが当たり前になったとき、秩序は秩序の顔をしたまま崩れる。
わたしは、そうなる前に、明日も短刀を握る。撃つためではなく、切断するために。守るためではなく、崩すために。崩さなければならない構造が、確かに存在しているからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます