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帰投すると分隊の面子が揃っていた。春野分隊。名目上は五人編成だが、現場で顔を合わせる機会は案外少ない。
ソルバが最初に口を開いた。軽い口調で、場の空気を測る癖がある。
「聞いたぞ。彩獣が出たんだって?」
「出た。もう終わった」
「そりゃ残念。派手な現場は久々だと思ったのに」
サスは無言で端末を操作している。視線だけがこちらを一瞬かすめ、すぐに戻る。判断が早く、感情を表に出さない。カサルは壁際で装備の点検をしていた。彼は道具を触っているときが一番落ち着く人間だ。
わたしは全員に簡単な共有だけを行った。対策部隊が入ったこと、こちらの役目は後処理で終わったこと、そして今後しばらくは「軽微」の扱いが増えるだろうということ。誰も反論しない。反論できない、と言った方が正確だ。
ソルバが肩をすくめる。
「軽微ね。最近、その言葉ばっかりだ」
「仕事が増えないならいい」
「増えるさ。名前が変わるだけで中身は同じだ」
それ以上、彼は踏み込まなかった。踏み込めば、線の話になる。線の話は、今はしない。
ひと段落ついたところで、サスが短く言った。
「分隊長、次のシフト、機動防染隊の連絡が入ってます」
「了解。予備の呼び出しだろう」
わたしは頷いた。正式な異動ではないが、名前が残っている。かつて臨時幹部要員として機動防染隊にいたことがある。暴動や大規模違反の最前線で、色より先に人の動きを止める仕事だ。短期間だったが、あの現場の空気は今でも身体に残っている。現在は中央即応防染隊の予備隊員。平時は呼ばれない。呼ばれるときは、平時が終わったときだ。
カサルが顔を上げる。
「中央即応の予備、今も続けてるんですか」
「続けている。続けさせられている、が正確かもしれない」
「頼りにされてるってことですよ」
「責任を分散しているだけだ」
言い切ると、会話はそこで終わった。誰も不満を言わない。言っても意味がないと知っている。
ソルバが椅子を引き寄せ、少し声を落とした。
「そういえば、分隊長。次の技能大会、出ませんか」
「出ない」
即答すると、彼は笑った。
「早いな。まだ理由も言ってないのに」
「理由は分かっている。人手不足のアピール、士気向上、管区の顔づくり。全部今じゃない」
技能大会には近接制圧術の部門がある。わたしは過去に全国で優勝している。だから名前が出る。だから誘われる。だが、今は違う。競技のために研ぎ澄ます余裕が現場にはない。
ソルバは引き下がった。
「まあ、予想はしてた。形だけ声かけたってやつだ」
「悪いな」
「いいさ。分隊長が出ないなら、俺も出ない」
「勝手に決めるな」
「勝手に決める」
軽口の裏に、別の感情があるのは分かる。彼は現場の熱を好む。だから、いつか別の選択をするかもしれない。今はまだ、同じ場所にいるが。
業務が再開し、書類の山に戻る。軽微の報告、軽微の回収、軽微の指導。数字は整い、文章は型どおりだ。だが、頭のどこかでさっき見た彩獣の映像が再生される。線が点になり、点が塊になる過程。あれは事故ではない。設計の結果だ。
端末に、中央即応防染隊からの定期確認が入った。予備の稼働可否。わたしは「可」にチェックを入れる。可否を問われるうちは、まだ選択肢がある。
日が落ちる頃、分隊は解散した。廊下でソルバが振り返る。
「分隊長」
「何だ」
「次の大会、気が変わったら教えてください。逃げ道が必要なときもありますから」
「逃げ道は、現場にある」
「それも一理ある」
彼は手を振って去った。
夜の建物を出ると、街は落ち着いている。信号は守られ、色は抑えられ、人は静かに帰路につく。正しい光景だ。だが、正しさの裏で線は引かれ続け、積み重ねられている。
わたしは歩きながら、自分の経歴を思い返す。機動防染隊で見た、暴動前夜の空気。中央即応の予備として教えられた、最悪を想定する癖。どちらも、今の状況に重なる。違うのは、敵が見えないことだ。
見えないから、処理されない。処理されないから育つ。
明日も現場はある。軽微の顔をした何かが、また一つ。わたしは歩幅を一定に保ち、呼吸を整えた。逃げ道は要らない。必要なのは、線を見失わないことだ。
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