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 翌朝、防染課のフロアはいつもより早く目を覚ましていた。正確には、人の動きが早い。会話は少なく、足音だけが増えている。

 それだけで分かる。どこかで彩獣が出た。

 彩獣発生の報は、公式には遅れて降りてくる。理由は単純だ。確認と分類に時間がかかる。

 彩獣は生物ではない。機械でもない。災害に近い。彩因が、一定以上の密度と構造を持ったとき、それは「存在」として振る舞い始める。

 歩く。壊す。増幅する。

 感情や記憶を媒介にしているため、出現の仕方も、行動も、毎回違う。だからこの国では、彩獣は「討伐」ではなく「対策」の対象だ。

 端末が起動すると同時に、通知が入った。

 第一管区外縁部。彩因異常凝集。彩獣対策部隊出動。

 

「彩獣対策部隊」


 わたしたちとは、部署も任務も違う。

 彼らは、最初から「壊れる前提」で動く。

 

 重装備。専用の防護服。高出力の彩因制御装置。82式自動小銃イーゼル。16式戦術刀。


 防染課が持たない装備だ。彼らが出るということは、すでに「軽微」の外側だ。

 わたしは端末を閉じ、立ち上がった。出動命令は出ていない。それでも、身体が反応する。

 クルリが、同じタイミングでこちらを見る。


「……彩獣、ですよね」


「そうだ」


「場所は」


「昨日の広場から、二キロ圏内」


 彼女の表情が硬くなる。

 線を引かれた場所。積み上げられた軽微。結果として、辿り着く場所。


「防染課は?」


「後方待機」


 つまり、出番はない。終わったあとで色を回収するだけだ。

 対策部隊が現場に向かう映像が、内部モニタに流れ始めた。

 黒に近い装備。輪郭を強調しない迷彩。人間の形をしているが、人間らしくはない。彼らは、彩獣と同じ「異常」に向き合う存在だ。日常から、切り離されている。

 モニタの片隅に数値が並ぶ。

 彩因密度、上昇中。

 構造安定度、形成段階。

 発生源、未特定。

 線が点になり、点が塊になる。

 わたしは息を吐いた。

 あそこに行っていたら防げただろうか。そんな問いは意味を持たない。彩獣が出た時点で、すでに遅い。

 ハイマから、短いメッセージが届いた。

 ――来たな。

 それだけ。わたしは返事をしなかった。

 対策部隊の先頭が、現場に突入する。映像が一瞬乱れ、次の瞬間、視界が白く弾けた。

 彩獣の輪郭は、はっきりしない。

 色の塊。歪んだ構造。見ているだけで目が疲れる。

 隊員がイーゼルを構える。

 発砲。

 音は遅れて届く。

 彩因制御弾が構造を削り取る。だが、彩獣は消えない。

 壊しているのではない。均しているだけだ。

 16式戦術刀が振るわれる。直線的な刃が、色の塊を断ち切る。

 その一瞬、彩獣が「悲鳴」に似た反応を見せた。感情を持たないはずの存在が、感情を持っているように見える。

 それが、いちばん危険だ。

 十分ほどで、事態は収束した。彩獣は分解された。

 消滅ではない。ただ、存在できない形に戻された。

 モニタの数値が、徐々に下がっていく。

 成功。

 そう表示される。

 防染課への指示が、すぐに来た。

 事後処理、残留彩因の回収、記録。

 わたしは装備室へ向かい、グレインと短刀を受け取った。非常時でも、わたしたちが持つのは、これだけだ。


 現場はすでに隔離されている。残っているのは、壊れた色の残骸だけ。

 地面に微かな痕があった。線の名残。だが、もう構造はない。ただの残留だ。回収しながら、わたしは思う。

 彩獣は、突然生まれたわけじゃない。線が引かれ、軽微が積み重なり、誰も止めなかった結果だ。

 対策部隊は英雄じゃない。彼らは最後に出てくる。本当に重要なのは、そこに至らせないことだ。だが、その役割はどこにも明確に書かれていない。

 彩獣対策部隊が撤収したあとの現場は、奇妙な静けさに包まれていた。破壊された形跡はあるのに、騒ぎの余韻がない。色だけが剥ぎ取られ、音も感情も残っていない。わたしはグレインをホルスターに戻し、短刀の刃を拭った。防染課の仕事は、いつもこうして終わる。遅れて到着し、終わったあとの世界を「何もなかった」状態に戻す。

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