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正式な出動命令が降りたのは、午後だった。
形式は「軽微違反対応」。
第一管区内で確認された、未許可彩度物品の集団携行。対象は特定個人ではなく、複数名による継続的行為。
通称――カラーギャング。
わたしは端末の表示を一度だけ確認し、装備室へ向かった。
防染課は、基本的に武装しない。仕事は事後処理であり、対話や制圧を前提としていない。
だが、例外はある。
人が集団になるとき、色は急激に不安定になる。
装備室の照明は、いつ来ても均一だ。
壁に並ぶ装備は、どれも実用一点張りで、意匠性が排除されている。わたしはグレインを手に取った。
六連発回転式拳銃。
現代的とは言いがたいが、構造が単純で、彩因干渉を受けにくい。この国の調査官が長く使い続けている理由だ。
腰のホルスターに収め、重みを確認する。
次に、16式戦術短刀。
本来は近接制圧用の副兵装だが、防染作業でも携行が許可されている。刃は直線的で、余計な装飾がない。色を拒むための形だ。
装備を整えたあと、わたしはクルリを見る。
「同行するか」
彼女は一瞬だけ迷ってから、頷いた。
「はい」
表情は硬い。
拾ってしまったものを、まだ抱えている顔だ。
現場は、第一管区の外縁に近い再開発地区だった。公共空間としては整備されているが、管理が行き届きにくい場所。
色が溜まりやすい。
到着した時点で、すでに空気が違った。騒がしいわけではない。むしろ静かだ。
だが、色が揃いすぎている。
赤、青、黄。
原色に近い色が、一定のリズムで配置されている。服、スカーフ、塗装された小物。
個別に見れば雑多なのに、集団として見ると、ひとつのパターンになる。
カラーギャングは、個人では存在しない。名前も、顔も、背景も意味を持たない。彼らは「色の塊」として、そこにいる。
わたしは一歩前に出た。
「第一管区彩務部防染課」
声を張る必要はない。
ここでは、肩書きそのものが音になる。
「公共空間における未許可彩度物品の携行を確認した。直ちに行為を中止し、物品を地面に置け」
反応はない。
彼らは互いに視線を交わし、色の配置を微調整する。
その瞬間、わたしは確信した。
これは遊びではない。彼らは、色を使っている。意識的に。
集団の中央付近で、わずかな揺らぎが生じた。
空気が歪む。彩度計測機が、短く震えた。基準値以下。だが、形がある。
線だ。
わたしはグレインに手をかけた。
抜かない。
抜かないが、いつでも抜ける位置。
「警告は終わりだ」
今度は、彼らの一部がこちらを見た。
個人としてではない。色の配置として。
その瞬間、赤が一歩前に出る。次に青。最後に黄。信号の並び。
わたしは息を吸った。
この国では、赤黄青を公共の場で同時に強調することは禁止されている。
信号機と混同するため、という建前だ。
実際には、もっと別の理由があるが。
人は、あの配色に従うよう訓練されている。
止まれ。
注意しろ。
進め。
彼らは、その条件反射を利用している。
「下がれ」
わたしは短く命じた。
クルリが一歩引く。
次の瞬間、色が動いた。走るわけでも、襲いかかるわけでもない。
ただ、色の配置が変わる。それだけで、空間の意味が変質する。彩因が、集団の内部で循環し始めるのが分かった。
自然発生ではない。誰かが、どこかで操作している。
わたしは16式短刀を抜いた。刃が光を反射しない。無色に近い輝き。
前に出る。距離を詰める。
個人を狙わない。色の中心を切り裂く。
刃が、赤と青の間を断ち切る。物理的な意味より、構造的な意味の方が大きい。色の循環が、一瞬だけ途切れた。
その隙に、グレインを抜く。
撃たない。
構えるだけでいい。
銃口は、色ではなく、空間の中央に向ける。
「解散しろ」
今度は、効果があった。
色が、ばらける。
揃っていた配置が崩れ、ただの雑多な服装に戻る。線が、消える。
数秒後、そこに残っているのは、規定内の色をまとった若者の集団だった。
違反は終わった。後処理に入る。
回収された物品を分類し、彩度を測り、封印する。数値は、すべて基準内。事件性はない。そう処理される。
現場を離れる前、わたしはもう一度、地面を見た。何も残っていない。
だが、確かに、線はあった。
車内で、クルリが小さく息を吐いた。
「……今の、事故じゃないですよね」
「事故ではない」
「犯罪ですか」
「まだ、だ」
何かが喉まで出かかったのを、彼女は飲み込んだ。
それを見て、わたしは何も言わなかった。
彩務部に戻り報告書を書く。未許可彩度物品の集団携行。指導および回収により、再発防止措置済み。
線については書かない。書けば規定外になる。規定外は、扱えない。
端末に送信完了の表示が出る。これでこの件は終わりだ。
……終わったことになった。
わたしは椅子に深く腰掛け、目を閉じた。
小さな違反者。小さな線。小さな判断。
どれも、世界を壊すには小さすぎる。だが、世界はいつも、壊れる直前までは正しく動いている。
わたしは目を開けた。
次に線を見たとき、それを見なかったことには、もうできない。その予感だけが、制服の内側で静かに色を持っていた。
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