第3話 聖女は守る側に回ったつもりで、見張っている

「アレンさん、今日の予定ですけど」


朝。

宿を出る準備をしていると、リリアがいつの間にか俺の隣に立っていた。


「町を出て、次の街道を――」


「違います」


「え?」


「アレンさんの予定です」


嫌な予感がした。


「……俺の予定?」


「はい。まず朝食をきちんと食べる」


「食べるよ?」


「パン一個じゃ足りません」


「足りるって」


「足りません」


断言された。


「それから、昼前に一度休憩を挟みます」


「早くない?」


「いいえ」


「戦闘もないのに?」


「“ない前提”が危険です」


なにその理屈。


「夜は、私が見張りをします」


「いや、それは交代制で――」


「私がやります」


被せ気味。


「……リリア?」


「アレンさんは寝てください」


「なんで?」


「疲れてるからです」


「どこが!?」


リリアはじっと俺を見た。


「……昨日、魔物が出たとき」


「うん」


「一歩も前に出ませんでしたよね」


「出る必要なかったからな」


「それなのに、ずっと周囲を見てました」


「まあ、癖みたいなもんだ」


「癖で、ですか」


少し間が空いた。


「……癖で、全員を生かす選択を?」


またそれだ。


「大げさだって!」


「大げさじゃありません」


リリアは小さく首を振った。


「だから、私が見ます」


「なにを?」


「アレンさんを」


言い切られた。


「いや、それ普通逆だろ。俺が君を守る側で――」


「もう守られてます」


「え?」


「十分」


……話が通じない。



街道を進みながら、俺は違和感を覚えていた。


「……リリア、近くない?」


「そうですか?」


近い。

明らかに、昨日より半歩近い。


「ほら、そこ、段差あります」


「分かって――」


「危ないです!」


腕を掴まれた。


「転んでません!」


「“まだ”です」


なぜか強調された。


「……お前、俺が信用できないのか?」


「逆です」


即答。


「信用してるから、目を離せません」


それ、信用って言うのか?



昼。


俺が水を汲みに行こうとすると、リリアが立ち上がった。


「私が行きます」


「俺の仕事だろ」


「アレンさんは座っててください」


「なんで?」


「今、周囲の気配が少しおかしいです」


「……本当に?」


俺が集中してみると――確かに、遠くで何かが動いている。


「……気づいてたのか」


「はい」


「いつから?」


「さっきから」


「なんで言わない」


「アレンさんが先に気づいてましたから」


「!?」


「歩き方が変わったので」


なんだそれ。


「……なあ、リリア」


「はい」


「俺、そんなに分かりやすいか?」


「分かりやすいです」


にこっと笑われた。


「命を捨てる準備をしてる人の目をしてます」


「してない!」



その夜。


焚き火の前で、俺は毛布にくるまっていた。


「……なあ」


「なんでしょう」


「本当に、見張りやる気か?」


「はい」


リリアは杖を膝に置き、背筋を伸ばして座っている。


「眠くならないか?」


「なりません」


「嘘だろ」


「アレンさんが寝るまでは」


「条件付きかよ」


俺は諦めて横になった。


「……なあ、リリア」


「はい」


「俺がもし、いなくなったら――」


「その話は禁止です」


即座に遮られた。


「禁止?」


「はい」


「理由は?」


「……それを考えると、判断が鈍るので」


「何の判断だよ」


「全部です」


焚き火がぱちっと音を立てる。


「……アレンさん」


「ん」


「安心してください」


「何を?」


「勝手に消えたりしないよう、ちゃんと見てますから」


……それ、守ってるって言うのか?


意識が落ちる直前、ぼんやりと思った。


(なんか、立場逆転してないか……?)



翌朝。


目を覚ますと、リリアがすぐそばにいた。


「起きましたね」


「……おはよう」


「体調は?」


「普通」


「本当ですか?」


「本当だって!」


少し目を細めてから、彼女は頷いた。


「よかった」


その笑顔を見て、俺はなぜか言えなくなった。


「……なあ」


「はい?」


「俺、そこまで心配されるような人間じゃないぞ」


「知ってます」


「……」


「だからこそ、です」


意味が分からない。


でも、リリアはもう話題を切り替えていた。


「次の街、聖騎士団が駐屯してるそうです」


「へえ」


「アレンさん、あまり目立たないでくださいね」


「今さらだろ」


「今さら、です」


そう言って、彼女は俺の前を歩き出した。


半歩、先。


逃がさない距離。


(……まあ、いいか)


このときの俺は、まだ軽く考えていた。


聖女が、俺を「守っている」つもりでいることを。

そして実際には――


俺の行動一つ一つが、

すでに彼女の“管理下”に入り始めていることを。

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2026年1月17日 19:00
2026年1月18日 19:00
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踏み台のつもりで勇者を育ててたら、世界から黒幕扱いされた俺と、全部勘違いして曇っていく聖女の話 てててんぐ @Tetetengu

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