第2話 聖女は静かに勘違いを深めていく
「……あのですね、アレンさん」
朝。
焚き火の残り火を片付けながら、リリアがやけに真剣な顔で話しかけてきた。
「なに?」
「昨日の件、ちゃんと説明してほしいです」
「昨日?」
「勇者様に誘われたのに、即断で断った件です」
ああ、それか。
「説明も何も、俺が行く理由ないだろ」
「あります」
即答された。
「え?」
「ありますよ。だって――」
リリアは一歩近づいてきて、小声で言った。
「――アレンさん、勇者様より強いじゃないですか」
「は?」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「いやいやいや、待て待て待て」
俺は手を振った。
「それはさすがに評価盛りすぎだろ。昨日のは偶然だって言ったよな?」
「“偶然”で、背後の死角から来たゴブリンを、石一つで転ばせられるんですか?」
「たまたま!」
「“たまたま”で、私が魔法を詠唱しやすい位置に誘導しました?」
「結果論!」
「“結果論”で、勇者様が感動して勧誘してきます?」
「……それは、勇者が優しい人だっただけだ」
リリアはじっと俺を見つめた。
「アレンさん」
「……なに」
「自分が思ってるより、ずっと怖いことしてますよ」
「怖いのはその目だよ!」
なんでそんな、心配するような、怯えるような目をするんだ。
「いいか、俺はただの雑用係だ。戦えないし、目立つ気もない」
「でも」
「でもじゃない」
俺は言い切った。
「君たちが前に出るべきなんだ。勇者とか、聖女とか、そういう“役割”のある人が」
「……」
リリアは唇を噛んだ。
「それって」
「?」
「アレンさんが、全部分かった上で、自分だけ引いてるってことですよね」
「違うって言ってるだろ!」
◇
その日の昼。
街道沿いの小さな町に着いた俺たちは、宿の食堂で昼食をとっていた。
「アレンさん、これ」
リリアがパンを差し出してくる。
「俺の分あるから」
「いえ、こっちの方が焼き加減が良さそうなので」
「……ありがとう?」
受け取ると、彼女は少し安心したように頷いた。
「アレンさんって、ちゃんと食べないとすぐ倒れそうですから」
「そんな虚弱じゃないぞ」
「昨日、野営で地面に寝てました」
「普通だろ!」
「普通は毛布を敷きます」
「……あ」
忘れてた。
「ほら」
いつの間にか、リリアは俺の荷物に毛布を追加していた。
「勝手に!」
「必要です!」
「俺が死ぬ前提で話すな!」
「前提じゃなくて、可能性です!」
なぜか噛み合わない。
そのとき、食堂の扉が勢いよく開いた。
「助けてくれ!」
駆け込んできたのは、鎧姿の男――冒険者だ。
「魔物の群れが、森から出てきた!」
食堂がざわつく。
「勇者様は!?」
「別の街だ!」
俺は即座に立ち上がった。
「リリア、ここにいろ」
「行くんですね」
「行かない理由がない」
「……やっぱり」
何か言いたげな顔だが、俺は気づかないふりをした。
◇
森の入口。
魔物は数匹。
正直、リリア一人でも対処できるレベルだ。
「……アレンさん、前に出ないでください」
「分かってる」
俺は少し後ろに下がり、周囲を見渡す。
「右から来るぞ」
「え?」
「今」
言った瞬間、茂みから魔物が飛び出した。
「本当だ……!」
「左はまだ。焦るな」
「は、はい!」
戦闘はあっさり終わった。
「……」
リリアは息を整えながら、俺を見た。
「どうした?」
「いえ……」
少し迷ってから、彼女は言った。
「アレンさんって、自分が戦わなくても、全部見えてますよね」
「見えてない」
「見えてます」
「見えてないって!」
リリアは、胸の前で手を組んだ。
「……私、聖女として人を癒す役目を与えられました」
「うん」
「でも、アレンさんは……」
言葉を探すように、少し間を置いて。
「……人を“生かす選択”をさせてます」
「?」
「勇者様も、私も。
死なない道を、自然に選ばされてる」
……なんだそれ。
「考えすぎだって」
「そう、ですよね」
そう言いながらも、リリアの表情は晴れない。
「アレンさん」
「ん?」
「もし、アレンさんが本当にいなくなったら……」
「だから、いなくならないって」
「……はい」
返事はした。
でも、その声はどこか不安そうだった。
俺はため息をついた。
(やっぱり、早めに離れた方がいいかもな)
この子は聖女だ。
俺なんかに構ってる時間はない。
そう思っただけなのに。
リリアは、その背中を見つめながら、静かに決意していた。
(この人は……自分がいなくなる前提で、全部整えてる)
(だったら)
(私が、離れさせなければいい)
その結論に、疑問はなかった。
――勘違いだなんて、思いもしなかった。
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