踏み台のつもりで勇者を育ててたら、世界から黒幕扱いされた俺と、全部勘違いして曇っていく聖女の話

てててんぐ

第1話 俺は踏み台になる予定だった

「――だからさ、俺は“踏み台”でいいんだよ」


「……は?」


森の中、朝露に濡れた草を踏みながら、俺はそう言った。

隣を歩いていた少女――白い法衣に身を包んだ聖女候補、リリアは、完全に思考が止まった顔でこちらを見ている。


「え、えっと……踏み台、とは……?」


「文字通りの意味だよ。主役が高く跳ぶための、足場」


「それ、人生で初めて言われました」


そりゃそうだろうな。

俺だって自分で言っててどうかと思う。


俺の名前はアレン。

剣も魔法も中途半端、ステータスを測れば全部“平均以下”。

勇者パーティの補欠ですらない、ただの雑用係だ。


一方で、隣のリリアは違う。


「……あの、アレンさん。私、まだ“聖女候補”で……」


「はいはい、それもう五回聞いた」


「聞いてください!」


リリアは頬を膨らませた。

この子、見た目は清楚系なのに、意外と感情が顔に出る。


「聖女候補って言っても、回復魔法はすごいし、浄化もできるし、将来性は勇者パーティ随一だろ?」


「そ、それは……でも……」


「だから俺は言ってるんだ。俺はここで役目を終える予定」


ぴたり、とリリアが立ち止まった。


「……終える?」


「うん。君たちが本物の勇者になるための、踏み台としてね」


沈黙。


鳥の鳴き声がやけに大きく聞こえる。


「……アレンさん」


「ん?」


「それ、死ぬ前の人が言うセリフです」


「縁起でもないこと言うな!」


俺は慌てて手を振った。


「違う違う、そういう意味じゃなくて! ほら、物語的にさ。序盤で主人公を助けて、途中でフェードアウトする名もなきキャラっているだろ?」


「いますけど!」


「俺、あれになりたいんだよ」


「なりたい職業じゃないです!」


リリアは声を荒げた。

……あれ? なんでこの子、こんなに必死なんだ?


「落ち着けって。別に捨て身になるわけじゃ――」


「“役目を終える”って言いました!」


「ああ、言った」


「“ここで”って言いました!」


「言ったな」


「完全に死亡フラグです!」


違うって!


俺は頭を抱えた。


「いいか、俺は弱い。だから前に出ない。代わりに、君たちが成長するための最適な行動をする。それだけだ」


「……それを、普通は“参謀”と言うのでは?」


「無理無理無理! 俺にそんな頭脳ない!」


実際、俺は戦術書もまともに読めない。

ただ、なぜか――本当になぜか――


「ここで魔法撃つと、逆に詰むからやめた方がいい」


「え? で、でも定石では……」


「定石は死ぬ時の道筋でもあるから」


そう言って止めた結果、なぜか上手くいくことが多いだけだ。


偶然だ。

全部、偶然。


「……アレンさん」


リリアが、小さく息を吸った。


「私、アレンさんがいなかったら、三回は死んでます」


「盛りすぎだろ」


「盛ってません」


じっと見つめられる。


「……だから」


リリアは、少し困ったように笑った。


「踏み台なんて、言わないでください」


その笑顔に、俺はなぜか言葉を失った。


「……まあ、冗談だよ」


とっさにそう言うと、彼女はほっとしたように息を吐いた。


「冗談なら、いいです」


……よし。

この話はここまでにしておこう。



数時間後。


「――アレン! 後ろ!」


「はいはい」


振り返りざまに石を投げる。

それだけで、背後から迫っていた魔物――ゴブリンが転んだ。


「え?」


「今だ、リリア!」


「は、はいっ!」


リリアの浄化魔法が直撃し、ゴブリンは光の粒子となって消えた。


「……あれ?」


「……あれ?」


沈黙。


「アレンさん、今の……」


「偶然だ」


「石一個で?」


「たまたま足元が滑りやすかったんだろ」


「……そう、ですか」


納得してない顔だ。


そのとき。


「――素晴らしい」


背後から拍手の音。


振り向くと、見知らぬ男が立っていた。

豪華な鎧、背中には聖剣。


「勇者様だ……」


リリアが息を呑む。


男――勇者は、まっすぐ俺を見て言った。


「今の判断、見事だ。

 あの場面で石を投げるとは……凡人には思いつかない」


「いや、凡人ですけど」


「謙遜するな。

 君は“見ている”。世界の流れを」


……え?


「どうだ、我々と共に来ないか?

 世界を救う戦いだ」


俺は即答した。


「遠慮します」


「即答!?」


リリアも勇者も声を揃えた。


「俺は裏方でいいんです。主役はあなたたちで」


「……なるほど」


勇者は深く頷いた。


「己が前に出ぬ覚悟。

 全てを背負わせるための退き……か」


いや、そんな大層な意味じゃ――


「君は恐ろしい男だ」


「え?」


「安心しろ。君の存在、決して無駄にはしない」


勇者はそう言って去っていった。


残された俺とリリア。


「……アレンさん」


「ん?」


「今の、すごく“自己犠牲の英雄”っぽかったです」


「どこが!?」


リリアは胸元をぎゅっと掴み、少し震えた声で言った。


「……また、いなくなるつもりなんですよね」


「ならない!」


「世界のために……」


「ならないって!」


……あれ?


なんか、話がどんどんズレてないか?


そのときの俺は、まだ知らなかった。


この小さな勘違いが、

やがて世界規模で連鎖し、

聖女の心を静かに、確実に曇らせていくことを。


――そして、

俺が“踏み台”で終われる未来が、

すでに消えていたことを。

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