第14話「喰われ続ける者」
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カマキリは、しばらく黙っていた。
『感応』を通じて、躊躇いの感情が伝わってくる。
話すべきか、迷っている。
「無理に話さなくても……」
『いや』
カマキリは、私を見た。
『お前には、話す義務がある。殺そうとしたのだから』
その言葉には、覚悟があった。
『俺は、中層で生まれた』
中層。
私がいる上層より、一つ下の階層。
もっと強い魔物がいる場所。
『兄弟は、百を超えていた』
「百……」
『カマキリとは、そういうものだ』
淡々とした感情が伝わってくる。
でも、その奥に悲しみがあった。
『生まれた瞬間から、殺し合いが始まった』
「……」
『共食いだ。カマキリは、生まれた時から兄弟を喰う』
私は、黙って聞いていた。
『百を超えていた兄弟は、一日で十になった』
壮絶だ。
生まれた初日で、九割が死ぬ。
『一週間後には、俺を含めて三匹になっていた』
「三匹……」
『最後に残ったのは、俺と、双子の妹と、もう一匹』
カマキリの感情が、暗く沈んでいく。
『もう一匹は、病気だった。いや……正確には違う』
「病気じゃない?」
『寄生されていた』
「寄生……」
『体の中に、虫がいた。そいつは、宿主を内側から喰いながら生きていた』
私は、あの時見た光景を思い出した。
カマキリの体の中で、何かが蠢いていた。
皮膚の下で、何かが動いていた。
「まさか……」
『最後の共食いで、俺はそいつを喰った』
カマキリは、淡々と続けた。
『喰った瞬間、分かった。寄生虫が、俺の中に入ってきた』
「……!」
『それ以来、俺はこいつと一緒だ』
カマキリの体が、びくりと痙攣した。
皮膚の下で、何かが動くのが見えた。
「それが……あの時見た……」
『ああ。こいつは、俺を喰い続けている』
喰い続けている。
その言葉の意味が、ゆっくりと理解できた。
「痛く、ないの……?」
『痛い』
即答だった。
『毎日、痛い。こいつは俺の体を喰って、俺のHPを削り続けている』
「それなのに、なんで死なないの?」
『再生するからだ』
カマキリは、自分の腕を見た。
『喰われた分だけ、再生する。こいつと俺は、そういう関係になった』
「共生……?」
『そうかもしれない。俺は、こいつのことを「ウェルミス」と呼んでいる』
ウェルミス。
ラテン語で「虫」を意味する言葉。
『ウェルミスは、俺を喰う。俺は、再生する。その繰り返しだ』
「でも、それって……」
『ああ。常に痛い。常に喰われている。それが、俺の日常だ』
私は、言葉を失った。
常に体の中から喰われ続ける。
その痛みは、想像を絶する。
『だが、悪いことばかりじゃない』
「え?」
『痛みを感じるほど、俺は強くなる』
カマキリは、鎌を持ち上げた。
『こいつと共生してから、俺は「喰寄共生」というスキルを得た』
「喰寄共生……」
『HPを削られる代わりに、再生速度が上がる。そして、痛みを感じるほど、攻撃力が上がる』
「痛みで、強くなる……」
『ああ。俺の強さは、痛みの上に成り立っている』
私は、カマキリを見た。
傷だらけの体。
時折走る痙攣。
その全てが、痛みの証だった。
「……妹さんは?」
私は、聞いてはいけないことを聞いてしまった。
『……』
カマキリの感情が、深く沈んだ。
『喰った』
「……」
『寄生虫を宿した俺は、制御ができなかった。飢えと痛みで、理性を失った』
今日の私と同じだ。
『気づいた時には、妹を喰っていた』
深い、深い後悔の感情が流れ込んでくる。
『俺より小さくて、俺より弱かった。でも、俺より優しかった』
「……」
『それが、俺の罪だ。ずっと、背負っている』
私は、何も言えなかった。
カマキリは、妹を喰った罪を背負いながら、体の中から喰われ続けている。
それでも、生きている。
「……強いね」
私は、そう言った。
『何?』
「それだけの痛みを抱えて、それでも生きてる。強いと思う」
『……強くなんかない』
「強いよ。私には、そう見える」
カマキリは、黙った。
複雑な感情が伝わってくる。
困惑。
戸惑い。
そして、微かな温かさ。
『変な奴だ』
「よく言われる」
嘘だ。
言われたことなんかない。
でも、なんとなくそう言いたかった。
『……ありがとう』
カマキリが、小さく言った。
『そう言ってもらえたのは、初めてだ』
「……」
私たちは、しばらく黙っていた。
言葉はなくても、『感応』を通じて、互いの感情が伝わっていた。
痛みを知っている者と、孤独を知っている者。
不思議な共感が、そこにはあった。
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『一つ、聞いてもいいか』
カマキリが、沈黙を破った。
「なに?」
『なぜ、俺を殺さなかった』
「……」
『殺せたはずだ。毒を追加で打てば、俺は死んでいた』
「うん」
『なぜだ』
私は、考えた。
なぜ、殺さなかったのか。
「……分からない」
正直に答えた。
「ただ、殺したくなかった」
『……』
「初めて見た時、かっこいいと思ったんだ」
カマキリが、驚いた感情を見せた。
「ネズミを一撃で倒した、あの姿。あれだけ傷だらけで、あれだけ痛みを抱えていて、それでも強くて」
『俺が、か』
「うん。私が憧れた姿だった」
私は、カマキリを見た。
「だから、殺したくなかった。それだけ」
『……』
カマキリは、長い間黙っていた。
そして。
『変な奴だ』
少しだけ、温かい感情が伝わってきた。
『襲われたのに、憧れていたと言う。喰われ続ける俺を、強いと言う』
「変かな」
『ああ。変だ』
でも、その言葉に否定はなかった。
『だが、嫌いではない』
「……ありがとう」
私たちは、また黙った。
でも、さっきとは違う沈黙だった。
少しだけ、距離が縮まった気がした。
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『俺は、これからどうすればいい』
カマキリが、呟くように言った。
『中層では縄張り争いに巻き込まれた。蛇と蜘蛛の戦いに挟まれて、逃げてきた』
「……」
『上層では食料が足りない。俺の体では、小さな獲物では足りない。ウェルミスが喰う分も必要だ』
「……」
『正直、もう終わりだと思っていた』
諦めの感情が、伝わってくる。
『お前に殺されるのも、悪くないと思った』
「そんなこと言わないでよ」
私は、思わず言っていた。
「せっかく生き延びたのに。せっかく、ここまで来たのに」
『……』
「私だって、何度も死にかけた。でも、諦めなかった」
私の感情が、カマキリに伝わる。
必死さ。
生への執着。
絶対に諦めないという、意志。
『……強いな、お前は』
「強くないよ。ただ、諦めが悪いだけ」
『それを、強さというのではないか』
カマキリは、少しだけ笑ったような気がした。
感情でしか分からないけど。
『なあ』
「なに」
『もし良ければ、だが』
カマキリが、躊躇いながら言った。
『しばらく、一緒にいてもいいか』
「……え?」
『俺は、もう一人では生きていけない。だが、お前となら……お前の毒と、俺の鎌。悪くない組み合わせだと思う』
カマキリは、私を見た。
『お前の狩りを手伝う。俺が狩った獲物も、分ける。だから』
「……」
私は、驚いていた。
まさか、そんな提案をされるとは思わなかった。
でも。
「……いいよ」
気づいたら、そう言っていた。
「一緒に、いよう」
『……いいのか』
「うん」
私は、頷いた。
「私も、一人は寂しかったから」
『……』
カマキリから、複雑な感情が伝わってきた。
驚き。
戸惑い。
そして、微かな安堵。
『……感謝する』
「こちらこそ」
私たちは、そうして。
一人と一人から、二人になった。
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《ステータス》
名前:なし
種族:スモールポイズンフライ
レベル:9
HP:42/45(回復中)
MP:22/22
攻撃力:14
防御力:10
素早さ:32
スキル:
飛行Lv3/複眼Lv4/屍食Lv3/危機感知Lv3/消化液Lv3/腐食毒Lv3/毒耐性Lv2/感応Lv1
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今日、私は初めての仲間を得た。
さっきまで殺し合っていた相手。
体の中に寄生虫を飼っている、変なカマキリ。
でも、不思議と悪い気はしなかった。
「明日から、よろしくね」
『ああ。よろしく頼む』
カマキリの体が、また小さく痙攣した。
ウェルミスが、動いているのだろう。
「……痛い?」
『いつものことだ。気にするな』
「そっか」
私は、それ以上聞かなかった。
痛みは、このカマキリの日常なのだ。
私には、想像もできないけど。
「おやすみ」
『ああ。おやすみ』
私たちは、並んで眠りについた。
一人じゃない夜は、初めてだった。
そして。
痛みを分かち合える相手がいることが、こんなに心強いとは思わなかった。
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