第4話「弱者の流儀」



---


転生から三週間が経った。


私はまだ生きている。そして、少しずつ賢くなっていた。


「よし、今日はこっちから」


いつもの狩場に向かうルートを、私は変えた。


三週間で学んだこと。同じルートを通り続けるのは危険だ。パターンを読まれる。待ち伏せされる。


あの蜘蛛に捕まったのも、同じ場所に何度も通ったからだ。私の行動を観察していたんだろう。


「二度と同じ轍は踏まない」


今日は北回りのルート。昨日は南回り。一昨日は東回り。ランダムに変えることで、予測されにくくする。


地味な工夫。でも、こういう積み重ねが生死を分ける。


北回りの通路を飛んでいると、見慣れない場所に出た。


「あれ、ここ初めてかも」


三週間経っても、まだ知らない場所がある。このダンジョン、思った以上に広い。


通路の先に、小さな空洞があった。


覗いてみる。


「おお……」


水だ。


地面に水が溜まっている。天井から滴り落ちた水が、小さな池を作っていた。


「水場、発見」


これは大きい。


この三週間、私は水を飲んでいなかった。蠅の体は、食べ物から水分を摂取できるらしい。腐肉に含まれる水分で、どうにか生きてきた。


でも、直接水を飲めれば、もっと楽になる。


周囲を確認する。危機感知は反応していない。他の魔物の気配もない。


「よし」


私は水辺に降り立ち、水を飲んだ。


口吻を水面につけて、吸い上げる。


「……美味しい」


冷たくて、澄んでいて、美味しい。


腐肉の水分とは比べ物にならない。


しばらく水を飲んでいると、視界に文字が浮かんだ。


《水分補給》

HPが1回復しました。


「へえ、回復するんだ」


水を飲むとHP回復。覚えておこう。


水場の場所を頭に刻み込む。ここは定期的に来よう。ただし、ルートは毎回変えて。


「さて、狩場に——」


その時、音が聞こえた。


足音。複数の足音。


私は反射的に天井に飛び上がり、身を隠した。


通路の向こうから、何かが来る。


現れたのは——ネズミの魔物だった。三匹。


一匹が先頭を歩き、残りの二匹がその後ろをついていく。


「キキッ、キキキッ」


「キィ、キキッ」


ネズミたちが鳴き声を交わしている。


会話、なんだろうか。私には意味が分からない。同じ魔物同士じゃないと通じないのか、それとも私の言語理解スキルがまだ低いのか。


先頭のネズミが、何かを咥えていた。


光る石のようなもの。淡く青白い光を放っている。


「なにあれ……」


見たことがない。


ネズミたちは、その光る石を大事そうに運んでいる。仲間を護衛につけるくらいだから、価値があるものなんだろう。


「気になるな……」


私は天井に張り付いたまま、ネズミたちを尾行することにした。


もちろん、戦う気はない。三匹のネズミに勝てるわけがない。


でも、情報が欲しい。


この世界のことを、もっと知りたい。知識は力だ。弱者が生き延びるには、強者より多くのことを知る必要がある。


ネズミたちは通路を進み、やがて大きな穴の前で止まった。


穴の中から、別のネズミが顔を出す。体が一回り大きい。群れのリーダーか何かだろう。


「キキッ!」


先頭のネズミが、光る石を差し出す。


大きなネズミがそれを受け取り、満足そうに頷いた。


「キィキィ」


何かを指示している。先頭のネズミが嬉しそうに体を揺らした。褒められたんだろうか。


「……魔物にも、社会があるんだ」


上下関係がある。貢ぎ物がある。群れの秩序がある。


当たり前といえば当たり前だ。動物だって群れを作る。魔物も同じなんだろう。


でも、あの光る石が何なのかは分からなかった。


「いつか、調べないと」


ネズミたちは穴の中に入っていった。あの中が彼らの巣なんだろう。


私はそっとその場を離れた。


「光る石……どこで手に入るんだろう」


魔物を倒すと出てくるのか? どこかに落ちているのか? 分からないことだらけだ。


でも、一つ分かったことがある。


この世界には、私が知らないものがたくさんある。ルールがある。価値があるものがある。


それを知っているか知らないかで、生存率は大きく変わる。


「もっと情報を集めないと」


その日は結局、死体を一つ見つけて食べただけだった。


小さなトカゲの死体。半分くらい食べられた残り。でも、私には十分だ。


《経験値を獲得しました》


「よし」


少しずつ、経験値が溜まっていく。


隠れ家に戻り、私は今日の学びを整理した。


一、水場を発見。北回りルートの途中。定期的に通おう。


二、光る石という、価値のあるものが存在する。詳細は不明。


三、魔物には社会がある。群れには上下関係がある。


「少しずつ、この世界のことが分かってきた」


知識が増えると、心に余裕が生まれる。


まだ弱い。まだ最底辺。でも、知識だけは着実に増えている。


「弱者には弱者の戦い方がある」


力で勝てないなら、頭で勝つ。


情報を集める。環境を把握する。チャンスを待つ。


それが、私の流儀だ。


「明日も、学んでやる」


私は体を丸めて、眠りについた。


この世界のことを、もっともっと知るために。


いつか、這い上がるために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る