第3話「孤独という名の敵


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転生から二週間が経った。


私は相変わらず、一人だった。


「今日で十四日目、か……」


天井の隠れ家で、私は呟いた。


二週間。人間だった頃なら、たった二週間。でも、この世界での二週間は、永遠のように長く感じる。


毎日、同じことの繰り返し。


起きる。狩場に行く。死体を探す。食べる。逃げる。隠れる。寝る。


それだけ。


誰とも話さない。誰とも関わらない。


ただ、生きるためだけに生きている。


「……飽きた、とは言わないけど」


言わないけど——辛い。


孤独が、じわじわと心を蝕んでいる。


前世の私は、一人が好きだと思っていた。人と関わるのは面倒だし、一人の時間が一番落ち着く。そう思っていた。


でも、あの頃は——


「選べたんだよね、一人を」


教室には、話そうと思えば話せるクラスメイトがいた。家には、うるさいけど心配してくれる家族がいた。


一人でいることを「選んでいた」だけで、本当に孤独だったわけじゃない。


今は違う。


選択肢がない。


話せる相手が、そもそもいない。


「贅沢な悩みだったんだな、あの頃は……」


後悔しても仕方ない。過去には戻れない。


私は頭を振って、思考を切り替えた。


「さて、今日も行くか」


いつものルーティン。天井から降りて、狩場へ向かう。


今日は西のエリアに行こう。東は昨日行ったし、たまには変えないと。一箇所に通い詰めると、他の魔物に覚えられる危険がある。


西の通路を飛んでいると、音が聞こえた。


魔物の声だ。


「ギャアアッ!」


「キシャアッ!」


二匹の魔物が争っている。


私は天井に張り付いて、様子を窺った。


ネズミ系の魔物が二匹。どちらも私よりずっと大きい。威嚇し合い、牙を剥き出しにしている。縄張り争いだろう。


やがて、一匹が飛びかかった。もう一匹が迎え撃つ。


「……」


私は黙って見ていた。


どっちが勝っても、私には関係ない。勝者が去った後、敗者の死体を食べる。それだけだ。


戦闘は数分で終わった。


大きい方のネズミが勝った。負けた方は首元を噛み切られ、動かなくなった。


勝者は勝利の雄叫びを上げ、そのまま去っていった。縄張りを主張したかっただけで、死体には興味がないらしい。


「ラッキー」


私は死体に降り立ち、食事を始めた。


いつもの作業。口吻を突き刺し、消化液を出し、溶かして吸う。


「……」


黙々と食べる。


考えないようにしている。これが何なのか。自分が何をしているのか。


考えたら、おかしくなりそうだから。


食事を終え、私は移動を再開した。


西のエリアを探索する。


今日は他に死体がない。さっきのネズミで終わりかもしれない。


「まあ、一匹食べられただけマシか」


そう思った時だった。


通路の隅に、何かを見つけた。


小さな死体。虫の死体だ。


甲虫。私より少し大きいくらいの、黒い甲虫。


「お、もう一匹」


誰かに食べられた残りだろう。殻だけが残っている。でも、殻の内側には、まだ少しだけ肉がある。


私は甲虫の死体に取りついた。


口吻を突き刺す——


その時だった。


ぞわり。


危機感知が反応した。


「っ!」


振り返る。


そこにいたのは——蜘蛛だった。


黒い体。八本の脚。複数の目がこちらを見ている。


体長は私の五倍くらい。明らかに、私より強い。


「シャアッ」


蜘蛛が威嚇の声を上げた。


縄張りを荒らされたと思ったんだろう。この甲虫は、蜘蛛の獲物だったのかもしれない。


「まずい……!」


私は反射的に飛び上がり、逃げようとした。


でも——


シュッ。


蜘蛛の糸が、私の翅に絡みついた。


「うわっ!」


バランスを崩す。地面に落ちる。


糸が体に巻きついていく。動けない。


「やば、やばやばやば……!」


蜘蛛がゆっくりと近づいてくる。


獲物を逃がさない。そういう動きだ。


「嘘でしょ……」


食べられる。


このまま、蜘蛛の餌になる——


蜘蛛の牙が迫る。


終わりだ——


その時、危機感知がまた反応した。


ぞわり、と。


蜘蛛からじゃない。別の方向から。


蜘蛛も気づいたらしい。動きを止めて、振り返る。


天井から、何かが落ちてきた。


黒い影。素早い動き。


蜘蛛の背中に着地し——


ザシュッ!


「ギャッ——!?」


蜘蛛の悲鳴。


背中から、体液が噴き出す。


何が起きた?


黒い影が跳躍し、距離を取る。


ムカデだ。


私より少し大きいくらいの、黒いムカデ。無数の脚が蠢いている。顎には、蜘蛛の体液がべっとりとついている。


「シャアアッ!」


蜘蛛が怒りの声を上げる。


でも、背中の傷は深い。動きが鈍くなっている。


ムカデは答えない。無言で、次の攻撃態勢に入る。


蜘蛛は数秒、ムカデを睨んでいた。


でも、勝てないと判断したんだろう。


私を捨てて、壁を這って逃げていった。


残されたのは、私と、ムカデ。


「…………」


ムカデがこちらを見た。


また殺される——と思った。


でも、ムカデは私を一瞥しただけで、興味を失ったように甲虫の死体に向かった。


そして、黙々と食べ始めた。


「…………」


私のことは、眼中にないらしい。


当然だ。私は蠅。小さすぎて、食べる価値もない。ムカデにとって、私は「どうでもいい存在」なんだろう。


糸をもがきながら、私はその場を離れた。


ムカデは私を追ってこなかった。


「……助かった」


生き延びた。


でも、自分の力じゃない。たまたまムカデが来ただけ。運が良かっただけ。


「……弱すぎる」


私は弱い。


あまりにも弱い。


蜘蛛一匹に、簡単に捕まった。糸を吐かれただけで、何もできなくなった。


「もっと強くならないと……」


糸を体から剥がしながら、私は誓った。


もっと強く。もっと賢く。もっとずる賢く。


生き延びるために。


何でもする。


どんな手段を使ってでも。


這い上がってやる。


私は隠れ家へと戻った。


ボロボロの体で。


でも、心だけは折れていなかった。


「明日も、生き延びる」


誰に言うでもなく、私は呟いた。


「絶対に」

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