第2話 雨
あれから少し経たって、雨が多くなった頃。
「り、凛さん」
なぜか名前で呼ばれるようになっていた。
「なんですか
右上と言うのはあの子の苗字。初めて聞いたときは少し耳を疑ってしまった。
「き、き、今日雨で、ですね」
不器用な喋り方。これだけがいつも気になってしまう。
「そうですね」
雨粒の一つ一つが地面に落ち校庭の砂を染め上げる。その様子は
「か、帰りはどうするの……ですか」
「迎えが来るわ」
「そうですか、わ、わかりました」
いつもの車なら二人ぐらいはいけるはず……。
家の方針で特別な車には外部の人間を乗せてはいけないと言われ続けている。
「ごめんなさいね」
一歩、一歩と教室の出口に向かう。少し
「あ、謝らないでください、り、凛さん」
あの子の指が袖に触れた。とても
「そう」
私はその手を振り祓い、この場をあとにした。
「お嬢様、お迎えに参りました」
女の使用人とは違い、帰りはいつも男の
「そう」
女と男。それで仕分けられるのが
執事のときは気安くしゃべりかけてはいけない。それが原宮家のややこしい決まりごと。
「このあとは予定が立て込んでおりますので急いでください」
「ええ、わかってるわ」
いつもと変わらない車。黒くて、大きいだけでどこが特別なのか理解ができない物。
美しくもない。
それに乗っても何も思わない。ただの
「お嬢様、本日はいかがでしたか?」
「普通よ」
「かしこまりました」
この人はまだ踏み込んでこないのでまだいい。若い人だと踏み込んでくるときがあるから。
少し年のいった人のほうが優しいのだ。
あの日とは違い桜は散り、窓ガラスには水滴がつき視界が悪く外がよく見えない。
「今日は……梅雨なのよね」
「そうでございますよ、お嬢様」
車内に置いてある紅茶を一つ頂きながらもう一度外を見てみる。
薄地の傘をさしている人が見えた。肩は少しぬれていて美しくない。
「美しくないわ」
今は全てのものが美しくない。
何も見たくない。
一つでも欠けたらそれは作品ではなくなる。色、ツヤ、輝き、デザイン。
これがなくなれば価値などない。
「お嬢様、そのような発言は慎んでください」
「わかった……わ」
この人は薄墨色。特に濃いわけでもなく薄いわけでもない。
とても扱いが難しい執事だ。
「お嬢様はお嬢様ですよ」
そうだ、私はお嬢様。伝統ある家に生まれ育ったお嬢様。
「はい、わかっています」
紅茶を飲みながら静かに頷いた。いつものように過ぎ去っていくのだろう。こういう時の時間は長い。
桜が散るほうがいい。
気がつけば車はお屋敷に着いていた。
夢見草は美しい 月島 永 @1mk
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