第11章:認められたもの

船が、静かに揺れていた。


嵐――ゴーダッシュの気配は、もうない。

けれど、海はまだ落ち着いていなかった。

まるで、何かを飲み込んだまま、呼吸を整えているみたいだった。


俺は、何も言えずに船縁に座っていた。

怒りも、憎しみも、行き場を失って、胸の奥に沈んでいる。


「……これを」


管理人が、布に包まれた何かを差し出した。


ほどくと、そこにあったのは――

しなびた釣り竿だった。


古い。

使い古されている。

だが、ただのガラクタとは思えなかった。


竿の根元には、五つのくぼみが刻まれている。

不自然なほど、はっきりと。


「これは……なんだ?」


喉が、妙に乾いていた。


「世界に一つだけの特注品です」


管理人は、珍しく視線を外さずに答えた。


「協会の……というよりは、

 私が、密かに保存していたものですね」


風が吹いた。

竿が、わずかに軋む。


「昔」


管理人は、静かに続けた。


「私は、嵐に会いました。

 あなたより、ずっと前に」


胸が、跳ねた。


「ゴーダッシュは、奪う存在ではなかった。

ただ、帰れなくなる責任を得た守護者だった」


管理人の声には、感情がなかった。

それが、逆に重い。


「彼は、探していました。

 世界を、正せるものを」


管理人は、竿のくぼみに指を添える。


「恐魚の力を、宿せる器。

 憎しみではなく、意思で引ける人間」


一拍、間。


「……それが、あなたです」


俺は、竿を見つめた。


震えてはいない。

逃げたいとも思わなかった。


「さあ」


管理人が、問いかける。


「1度だけ聞きましょう。」


笑みは、いつもの胡散臭いものだった。

けれど、その奥に、確かな覚悟があった。


「力、ほしいですか?」


答えは、もう決まっていた。


俺は、しなびた釣り竿を、しっかりと握った。

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